レスリングが「人生の一部」のダゲスタン戦士たち
「ダゲスタン人」とひとくくりに呼ばれるハビブチームの面々だが、実はカフカスの様々な民族をルーツに持つ。
「山の国」を意味するダゲスタン共和国には合わせて102の民族が暮らしているとされ、約300万人の人口のうち、一番多いのがアヴァール人で、次いでダルギン人、クムイク人、レズギン人、ロシア人、ラク人となる。ほかにもアグール人、ルトゥル人、タバサラン人、ツァフル人、ノガイ人らが生活をともにしている。
それぞれの集落には独自の言葉と伝統と民族気質があるが、共通の敵が彼らを結束させた。
シルク・ロードが通る同地は侵略の歴史を持つ。トルコやペルシャ、中国、モンゴル帝国、ロシアなどの侵略から、ダゲスタンの各民族は独立を守るために戦ってきた。
血気盛んな戦闘民族を束ねるのは、武術への愛だ。
同地で「人生の一部」と言われるレスリングは、自警団をルーツとしており、北カフカス全体で盛んで、ダゲスタンに暮らすどの民族にも独自のレスリング文化がある、という。
さらに、散打、ムエタイ、柔道、柔術、サンボ、ボクシング、武術太極拳、グラップリング、MMAと、ダゲスタンではコンバットスポーツに関連する多くの武術が親しまれている。
「格闘がすべてを決する」とは、ダゲスタンの言葉だ。同地には、格闘技に取り組む優秀な若者を惜しみなくサポートする文化もある。
ハビブの亡き父アブドゥルマナプ・ヌルマゴメドフが起ち上げたジムに加え、アリ・アリエフ(ダゲスタン初のレスリング世界王者。1959年、61年、62年、66&67年金メダル)ジム、サドラエフ・ジム、ガジ・マハチェフジム、ジナモ、ウロジャイ、ゴレツ・クラブなど著名なジムが各地に点在している。
ダゲスタン戦士が集まるダグファイタージム所属のザビット&ハサン・マゴメドシャリポフ兄弟、Bellatorバンタム級3位のマゴメド・マゴメドフ(18勝1敗)は、少年時代からダゲスタンの山々に囲まれた武術寄宿学校「パエ・ストロン・スヴェタ(世界の五方位)」に住み込み、レスリングをはじめ、ウーシュー散打やテコンドーの鍛錬を積んできた。両者は、UFC初のチベットファイター、ス・ムダルジ(エンボーファイトクラブ出身)の育成にも関わっている。
幼少時から武術に親しむ彼らから、才能ある者はジムに残り、故郷で結果を出せない選手は、他国に引き抜かれることもあるという。マハチカラの戦士たちは、ある種の「輸出品」としても成功を収めているともいえる。
2002年からは共和国政府の支援制度が始まり、オリンピック選手養成所もオープン。特殊な設備を備えた施設で、4千メートルを超えるピークを抱くコーカサス山脈での高地トレーニングを行うことで、スタミナにも強い選手を育成している。
ちなみに東京五輪では、2016年リオ五輪86kg級を制したダゲスタンのアブデュラシド・サデュラエフが階級を上げて97kg級にエントリー。ライバルの米国のカイル・スナイダー(※サデュラエフと1勝1敗)、同じダゲスタン出身で国籍をアゼルバイジャンに変えて2012年ロンドン五輪84kg級を制したシャリフ・シャリホフの3王者の戦い(8月6日~7日)も話題となっている。
MMAでは、近隣諸国チェチェン出身のカムザット・チマエフ(9勝無敗)、ジョージア出身のメラブ・ドヴァリシヴィリ(13勝4敗)やアルマン・ツァルキャン(16勝2敗)、アゼルバイジャンのトフィック・ムサエフ(18勝4敗)、ヴガール・ケラモフ(15勝4敗)らが活躍していることにも注目したい。