なぜピットブルは頭を下げたのか
2021年7月31日(日本時間8月1日)に、米国ロサンゼルスのザ・フォーラムにて有観客(ノーマスク)で「Bellator 263: Pitbull vs. McKee」が開催され、メインで「Bellator世界フェザー級選手権試合&フェザー級ワールドGP決勝」(5分5R)が行われた。
優勝者に100万ドル(約1億1千万円)の賞金が与えられるフェザー級級GPの決勝戦は、同級王者のパトリシオ・フレイレ(ブラジル)に、AJ・マッキーJr(米国)が挑戦するタイトルマッチを兼ねて行われた。
カリフォルニア州ロングビーチ出身のマッキーにとって、会場のLAのザ・フォーラムは地元。コーナーには日本のDREAMにも参戦した父アントニオ・マッキー、そしてマッキー親子と交流の深いクイントン・ランペイジ・ジャクソンがついた。入場曲はこれも地元のスヌープ・ドッグ&Dr. Dre『Ain't nuthin' but a G thang』。ホームの1万1千282人の大観衆に大歓声で迎えられた。
一方の王者は、“ピットブル”のドッグバーキングに続いて、ブラジル国歌を入場曲に、寄せ書きがされたブラジル国旗を背負い花道を進むもブーイングが聞かれる。コーナーには、RIZINにも参戦した実兄のパトリッキー・フレイレがつく。
試合は、1Rからオーソドックス構えのパトリシオ、サウスポー構えのマッキーともに慎重な出だし。マッキーは右の関節蹴り狙いから右ローを軽くヒット。さらに左ローに、パトリシオも右ローを返す。
前手の右ジャブのフェイントをかけながら詰めるマッキーは、奥手の左ストレートを出すフェイントから、右に頭を傾けたパトリシオに左ハイキック! 崩れるパトリシオに金網に詰めるマッキーは左アッパーを効かせて右、さらに左フック!
ダウンするパトリシオに両手を挙げて思わずガッツポーズのマッキーだが、立ち上がってきたパトリシオにスタンドのまま金網に押し付けてのノーアームギロチンチョーク! パトリシオの右手の力が抜け、レフェリーが間に入った。
5Rの王座戦で1R 1分57秒、一本勝ちでBellatorフェザー級GP優勝およびフェザー級新王者に輝いたAJ・マッキー。失神はしていないものの茫然とした表情のパトリシオ。
スコット・コーカー代表から1本目のベルトを腰に巻かれると、パトリシオに向かい、両手で握手を求めたマッキーは、さらに両ヒザをついて頭を下げた。パトリシオも両ヒザをマットに着いて、マッキーとハグ。その後、コーカー代表からもう1本のベルトを肩にかけられた。
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父アントニオ・マッキーの言葉を支えに
プロMMA戦績を18勝無敗としたAJは、日本のHERO'SやDREAMに参戦し、青木真也とも対戦したアントニオ・マッキーの息子。レスリングをベースにアマチュアで6勝1敗後、プロでのキャリアのすべてをBellatorで積み上げてきた、Bellatorの生え抜き選手だ。
これまでも堀口恭司と2度戦ったダリオン・コールドウェルを独特のネッククランク=マッキー・オティンで極めるなど、フェザー級(65.8kg)で身長178cm、リーチ187cmの恵まれた体躯を活かし、サラブレッドといえる環境でMMA経験を積んできた。
試合後、マット上でビッグジョン・マッカーシーのインタビューを受けたマッキーは、「夢が叶った! 信じられない。これは始まりに過ぎない。ここからがスタートだ。(ベルトを見て)このベイビーを、残りの人生で持ち続けるよ。誰にも渡さない。もちろん観客のみんなの応援にもほんとうに感謝している。これはLAのものだぜ! チャンピオンベルトをもたらしたぜ。さあ行こうぜ! これで満足なんかしない」と咆哮。
続けて、「トーナメントが始まったときに、自分は三番手、四番手だったと思うけど、父が『お前がナンバー1だよ。お前の力を見せてやれ』と言ってくれた。それでステップアップしていった。(トーナメントを通してどう変わった?)完全に精神面が鍵だった。父は『鍛錬が才能を上回る』と言ってくれた。つまり、どんなスキルセットを持っていても、ちゃんと磨き上げなければ意味が無かった」と父、アントニオの言葉を支えに練習を積んできたことを明かした。
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100万ドルの現金を持っている。それをぶつけてもいい
衝撃の117秒フィニッシュで二階級王者のパトリシオを下し、2本のベルトを手にしたマッキーは、試合後の会見で、「俺は世界最高の145ポンド(フェザー級)の選手だ。銀行に(優勝賞金の)100万ドルの現金を持っている。それを誰かにぶつけてもいいと思っている」と語り始めた。
「UFCだろうがBellatorだろうが、PFLだろうが、ONEだろうが、俺がベルトを統一したい」と、自身の優勝賞金を賭けて、団体の枠を超えたスーパーファイトを提案したのだ。
UFCフェザー級には、王者のアレクサンダー・ヴォルカノフスキー、元王者マックス・ホロウェイ、そしてコンテンダーであるブライアン・オルテガらが名を連ねている。なかでもマッキーは、「マックス・ホロウェイと対戦したい」と言う。
「子供の頃からスーパーファイトを夢見ていたんだ。マックスが人々を打ち負かすのを見てきた。だが、いま世界最高の145ポンド級ファイターは自分だ。相手が誰であろうと戦う」
Bellatorファイターがオクタゴンに参戦するためには、マイケル・チャンドラーのように移籍する以外に方法は無いように思われるが、UFCがクロスプロモーションを全く行わないというわけではない。
2003年のPRIDEミドル級GPに、UFC世界ライトヘビー級暫定王座戦で敗れたばかりのチャック・リデルを貸し出し、2017年には、コナー・マクレガーとフロイド・メイウェザーの「ザ・マネー・ファイト」を共同プロモーションしている。
「SHOWTIMEやBellatorもそれに合わせてくるだろう。スーパーファイトをやろうぜ。大きなイベントをやろう。今までのこのスポーツを変えよう。このベルトを統一しよう」と、マッキーは呼び掛けた。
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ライト級でパトリシオと再戦も
現実的には、放送・配信の問題もあり、現代のクロスプロモーションには難問が待ち構えている。次なる目標としてマッキーは、試合前にも語った通り、155ポンド(ライト級)の王座も視野に入れている。
「18勝無敗になって、もうこのフェザー級に何も残るものはない。じゃあ、これ以上自分に何ができるだろうか? 155のタイトルも制したいよね。コナー(マクレガー)がそれをやる前から、自分はそう言い続けてきた。誰も達成していない頃から、“チャンプ・チャンプ”になるって言い続けてきたんだ。俺ががずっと言ってきたことを、今はみんなが信じてくれているんだ。自分の目標に突き進める時がきた」
現在のBellatorライト級王者は、奇しくも今回対戦した相手パトリシオ・“ピットブル”・フレイレだ。マッキーは言う。
「フェザー級で試合を続けるなら誰が相手になるかによる。健康が重要なんだ。歳を重ねるごとに、身体が大きくなり、力がつき男らしくなってくると、(体重をキープするのが)難しくなってくる。俺は上を目指したい。新型コロナウイルスなど、いろいろなことが重なって、予想以上に長くここ(フェザー級)にいることになったけど、神のタイミングは完璧だ」
マッキーの言葉を受けたスコット・コーカー代表は、「AJはライト級に上げるべきなんじゃないかと思うけど、彼と彼の父と相談していく。いまはまだその判断をするには早いと思う」と、ライト級転向と、階級を変えてのパトリシオとの再戦の可能性を示唆しながらも、早急に判断することはないとしている。
試合前の会見で「無敗であることっていうのは特別な“0”で、戦っているのは領収書の6(ケタ)のためだけではない。その特別な0の記録によってレガシーを築き、またチャンピオンとして、父(アントニオ・マッキー)のレガシーを刻み続ける。毎日、父さんのチャンピオンのポスターを見てきた」と語っていたAJ。念願の王者になっても慢心はないようだ。
ベルトを手にしたAJ・マッキーJrは語る。
「父がいなければここまで来れなかったのは事実だ。ただ父は僕の側にいて、いつも寄り添っていてくれる。僕自身の進みたい方へと導いてくれる。“ああしなさい、こうしなさい”と押し付けることはしなかった。というのも、このスポーツがいかに大変か、父は分かっていたから。とはいえ、いまやミリオンダラーを手にすることが出来て、そういったことがあるのも、このスポーツの醍醐味のひとつだ。父は『お前は別格だけど、分かっていなければならないのは、ちゃんと才能を伸ばさないと、それを無駄にすることになる』と言ってくれた。『鍛錬が才能を上回る』──まさにその通りなんだよ」