ボクサー 那須川天心の可能性は?
メイウェザー戦の前には、米国ロサンゼルスのホルヘ・リナレス(プロボクシング世界3階級制覇王者)のジムで約2週間の特訓を積み、リナレスや、当時15戦15勝10KOのオスカル・ドゥアルテ(メキシコ)らともスパーリングを行ってきた。
リナレスは那須川について、「コンビネーションが速い、ジャブのコントロールもメッチャ速い。パンチも強くて左のストレートがやっぱり強い。タイミングもいい。一番良くないのは止まること」と初日に指摘。その後、すぐに動きが改善されると、「距離の取り方がすごく上手い」とのみこみの早さに驚き、「もしボクシングやったらすぐに世界チャンピオンになるよ。あと5試合だけやったら、絶対世界チャンピオンになる。イノウエ(尚弥)と一緒、素晴らしい選手、ほんとうに」と、カメラの前ながら賞賛の言葉を惜しまなかった。
那須川が中学生の頃から、帝拳ジムで天心のボクシングパートを指導してきた元日本&東洋太平洋スーパーバンタム級王者の葛西裕一(GLOVES代表)も、那須川のボクサーとしての資質を“才能の塊”と評する。
「天心は、静止しているなかでリズムを刻めている。静止しているからといって遅いわけでもない。静止していても反応が速いんです。もともとの頭の回転の速さもあるから、それがキックボクシングでも相手を誰も寄せ付けない動きに繋がっていると思います。“遅くやっていても速い”ですから」と、独特のリズムを常に刻んでいるという。
「(那須川は)才能の塊ですよ。ハンドスピードもファイティングスピリッツもあるし、動体視力が良いから、当て勘がいい。それに吸収力が凄い。教えることをどんどんモノにする。10代であのくらい出来たら過ごいなって思っていました。後の世界チャンピオンになった帝拳の選手たちともスパーリングをやったりして、ついていってましたからね。いろいろな意見があると思いますが、天心は(ボクシングで)恥ずかしくないレベルにいます。今やっても日本チャンピオンに勝てるんじゃないか。世界ランカークラス。あとはフィジカル面。2、3年でもっと伸びる。世界チャンピオンに行ける素材を持っています」と、当時20歳になったばかりの那須川の伸びしろについて語っていた。
この葛西の言葉は、2018年12月時点でのものだ。そこから、那須川は「あと15年間戦えるための身体作り」として、最新のフィジカルトレーニングを、パーソナルトレーナーの永末“ニック”貴之氏と積んできた。地面から拳に力が乗る。その成果は江幡戦、笠原戦でのパンチでのKOにも表れている。
アマチュアで99勝5敗1分。2014年にプロキックボクシングデビューした那須川は、帝拳ジムでの出稽古で葛西トレーナーを通して、元WBC世界バンタム級王者の山中慎介とも出会っている。
2015年11月のマイク・アラモス戦を後楽園ホールで生観戦した山中は、「ハンドスピード、パンチ力、当て勘、気持ちの強さ……すべてを持っている」と那須川を絶賛。同じサウスポーの“ゴッドレフト”として、「左ストレートはもちろんアッパーも上手い。ボクシングでどこまでいけるのかを見てみたい」と期待を寄せた。
今回の那須川の対戦相手である皇治のボクシングを指導している元WBA世界スーパーフェザー級王者・内山高志は天心のパンチをどう見ているのか。YouTubeで那須川の印象を大沢ケンジから問われ、「格闘家として一番大事な、練習で補えない当て勘がある。バランスがいいから、いろんな多彩なパンチを打っても体勢が崩れない。それがあの当て勘に繋がる」と分析。
さらに「動きが速い、あのステップでリズムを狂わされる。そして左ストレートがいい。踏み込みが速くて急に来るから、みんなあれをもらって倒される。ボクサーが試合でするようなカウンターを打つ。相手のパンチを外して打つ。ボクシングでの基本的なカウンターだけど、意外と難しい。天心選手は打ち合いの流れのなかで、しっかり外して打てる。スピードも威力もあってタイミングもいい。ボクシングに行っても成功するなと思いました」と“ノックアウト・ダイナマイト”ならではの那須川のKOの多さの理由を語っている。
キックボクシングは3分3Rが基本で王座戦で5R、ボクシングになれば世界戦では最大12Rを戦うことになる。その違いについて、内山は「ボクシングもアマチュアは3R。慣れれば12Rは全然出来る」と問題ないという。
では、現役ボクサーはどう見るか。
フルコンタクト空手&グローブ空手の聖心會出身で、現WBA世界ライトフライ級スーパー王者の京口紘人は、Youtuberとしても活躍し、朝倉未来、朝倉海、木村フィリップミノル、安保瑠輝也ら格闘家ともコラボしている。
京口は、那須川のボクシングでの可能性について、本誌の取材とYouTubeで、「ボクシングスキルは半端ない。普通に日本チャンピオンクラス。日本タイトルなら今でも全然獲れるレベルにある。ポテンシャルだけ見ると世界チャンピオンにもなれるんじゃないかと思います」と高評価。
そのスキルについて、「パンチ力だけ言ったらメッチャあるとは思えないです。ただ、スピードとタイミング・キレがズバ抜けていると思います。(相手の攻撃を)抜いて左とかでも結構倒している。RISEでは6オンスグローブで戦っていますが、質量が大きい方が物理的に力は大きくなるし、8オンスでも“倒せる選手”。ガチャガチャ判定に行くんじゃなくてスパッと倒せる選手」と、パワーよりもキレがあると、パンチの質について語っている。
言うまでもなく、キックボクシングとボクシングは別競技だ。ルールが変わることで戦い方が変わり、それに伴う技術も肉体もメンタルも変わる。
「世界戦のラウンド数とか適応できるか?」と問う京口は、「天心選手はこれまでパンチでも倒してきた。試されてないのはスタミナくらい。キックはラウンドも5Rまで。ボクシングは世界戦で12R、蹴りが無いパンチだけの技術でどこまでやれるか」と、疑問符をつける。
さらに、「キックや総合は対応しなければならないことが多いから、足の筋肉だったり身体つきがボクサーよりもビルドアップされている。筋肉は重たいので、ボクシングに転向するとなったら、1、2kg軽くなるかもしれない。いまのサイズで言ったら、バンタム(118lb/53.52kg)かスーパーバンタム(122lb/55.34kg)。ボクシングのこの階級、すごくレベルが高いので、強いだけじゃなく、(所属ジムなどの)環境も必要となってくる」と、今後の期待と課題を語った。
「ボクシングルールに来ると、世界的な層の厚さを考えると、キックのときのような圧倒的な力の差はたぶん見せられないと思う」と、厳しい状況も挙げる世界王者だが、「天心選手は華もあるし、ボクシングに来たら、メチャクチャ盛り上がると思う。階級的には“モンスター”井上尚弥君も近い(バンタム級)し、そういう注目の浴び方もされると思う」と、那須川より5歳上の怪物との接点についても語る。
その上で、「現時点では“モンスター”の方が強い。それは天心選手も分かってますよ。でもそういってキックボクサーなのに、比較対象になること自体が凄い。僕は買っています。もし天心選手がボクシングに来るとしたら楽しみですね。いちファンとして」と、エールを送った。