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コラム

プロMMA3戦、永井佑虎に起きたこと──頭部の怪我で引退した永井と練習相手の石渡伸太郎が事故防止を呼び掛ける

2020/07/04 13:07
 2019年7月2日、永井佑虎(当時26)は、東京・墨田区向島にある総合格闘技ジム「CAVE」での練習中に体調を崩し、救急車で運ばれ緊急手術、一命をとりとめた。  その後、2020年3月17日に「ご報告」として、「本日でパンクラスでプロデビューして丁度一年経ちました。この度、総合格闘家を引退いたします。昨年の7月2日の練習中、頭部に怪我を負い引退せざる得ない状況になりました。とても悔しい気持ちでいっぱいで気持ちに整理がつかずご報告が遅くなりました」と、SNSで引退を表明。  そして、7月3日、「昨日で怪我をして丁度一年経ちました。一昨日は術後一年健診も受けて一旦通院も終わりました。本当に生きてて良かったです。病院の先生に本当に感謝してます。昨日は一年前の事が色々頭に浮かんできてなんかまた悔しくなってきました。時間が解決してくれるとは思いますが……」と、1年前に怪我から手術を行い、現在は通院の必要が無くなったことを報告した。  その永井のツイートに合わせて、CAVEの先輩の石渡伸太郎が、「時間だけでは解決出来ないんじゃないか! また夢中になれる何かを探して頑張れ! いまこそ」と返答し、永井の1年前の「怪我」について、それが自身とのスパーリング後に起きたことであることを明かした。 「一年前自分とのスパーリングで(永井は)急性硬膜下血腫になってしまいました。緊急手術をして奇跡的に後遺症も無く元気になってくれました。本当に格闘技は死と隣合わせだと再認識しました。今後少しでもこういった事が減るように当時の様子を書きます」  本誌では、石渡と永井の投稿を踏まえ、あらためて取材を行った。今回のインタビユーで、格闘技のみならず、すべてのスポーツの現場で起こりうる怪我のリスクと、それを減らすためにすべきことについて考えたい。 だんだん視界が白くなっていった  永井佑虎の名前が格闘技メディア以外でも広く報道されたのは、TOKYO MXで放送されたスポーツ情報番組『BE-BOP SPORTS』でのことだった。同番組内の企画「PANCRASE REBELS TRYOUT」MMA篇は、「Team 石渡」と「Team 北岡」を率いる両コーチが推薦選手を育成し、その選手同士が対戦するというもの。  立ち技部門では、梅野源治推薦の岡本璃奈(後にぱんちゃん璃奈にリングネームを変更)と、不可思推薦の川島江理沙(クロスポイント吉祥寺)が対戦し人気を博しており、MMA篇でもブレークが期待されていた。  そんななか、石渡に推薦された永井は、もともと石渡の米国フォークスタイルレスリング合宿にも同行するなど信頼が厚く、同地でのイジースタイルレスリングでは練習の初日に怪我を負ったものの、見取り稽古で参加し、そのエッセンンスを身に付けるなど熱心なところを見せて来た。石渡も「練習を欠かさず一生懸命で、ずっと目をかけていました」という。  2018年11月の「PANCRASE REBELS TRYOUT」では、北岡推薦の四家達規に判定勝ち、賞金30万とプロデビューが約束されると、その後、2019年3月のPANCRASE・廣川懸三戦で1R TKO勝ち。続く同年5月の平岡将英戦では判定負けでプロ初黒星を喫していた。  アマチュア3勝1敗、プロ2勝1敗、これから白星を積み重ねる必要がある永井は、2019年7月2日、いつものようにCAVEプロ練習に参加し、石渡とのスパーリングに臨んだ。永井は、当時についてこう振り返る。 「あの日のスパーリングの1週間前にもスパーリングがあって。スパー後にちょっと頭痛を感じていたので、次のスパーの前日に病院にCT検査に行っていたんです。結果は『特に異常はない』ということでした。試合での課題も見えていたので、そこを埋めたくて、あの日もスパーリングに臨みました」  石渡は、「日時を決めて、その日はスパーリングだけをやろうと。実力差があるので、向こう(永井)はヘッドギア着用の16オンス、そして僕は強打をしないライトコンタクト──6、7割の強さでやりました」と、そのときのスパーリングの状況を振り返る。  永井はこの日のスパーリング前も、頭痛を感じていたという。 「当日も少し頭が痛いな、とは感じていました。それで、スパーリング中にだんだん視界が少し白くなっていったように感じて。後半に石渡さんからマットに座らされたことは覚えています。それもしんどくなって、『ちょっと横になります』と言って、そこから痙攣して、以降は記憶がありません」 [nextpage] 119番で「脳内出血の疑いがあります」  永井はスパーリング後に意識を失った。その異変に最初に気づいて動いたのは石渡だった。 「確か3ラウンドほどやって、スパーリングではパンチも入ったのですが永井がダウンすることもなく、ただ、終了のブザーが鳴った後、永井が泣きながら殴って来たんです。悔し涙は見たりするけど、ブザー後に殴ってくることなんてなかったから、『悔しかったの?』と聞くと『わかんないっす』。『なんで泣いてるの?』『わかんないっす』と、会話にならない状態だったので、おかしいなと思い、一度落ち着かせるために座らせると、『頭がとても痛い』と。目を見ると、ほんの少し眼球の動きが変なようにも感じました。それで、すぐに救急車を呼びました。  この時点で万が一があったらいけないと思い、119番で『脳内出血の疑いがあります』と伝えてもらいました。もしそうなら“時間の勝負”とも聞いていたので。でも、そのときはまだ彼とも会話が出来ていたので、“まあ、そんな訳はないかな”と半分思ってる自分もいました。でも、脳内出血の可能性も考えて、アイス枕を頭の下に入れたりもしました。  5分ほどで救急車が到着し、血圧などを測っているときは、まだ救急隊員の方も慌ただしくはなかったのですが、搬送の準備をしているうちに、どんどん永井の意識が遠くなっていって、ガクガク震えて痙攣し、バタバタ暴れ始めました。『いま救急車が来ているから落ち着いて』と手を握って声をかけると聞こえているようで、手を握り返して意識を保とうとして少し落ち着くのですが、隊員の方が『意識レベル』が危険な状態であることを報告しているときに、失神してしまい、すぐに搬送となりました。  幸いにもICUがある病院が近くにあって受け容れてもらえて。病院でドクターの方が来て、『命の危険があるので緊急手術になります。開頭手術をします』と言われたときは、“ウソだろ?”と、現実なのか分からないくらい混乱しました」(石渡)  倒れた後の永井の記憶は、病院のなかでのものだ。 「手術中に一度、明るい天井を見た記憶があり、次に起きたらナースステーションでした。そこで“病院で手術したんだ”と分かりました」 [nextpage] 「頭が痛いので出来ません」と気軽に言える関係を  ドクターによれば、頭部へのダメージは蓄積されたものである可能性があるという。 「あとで主治医の先生に聞いたところ、頭のなかに400ccくらい血が溜まっていたようで、でも幸い脳には傷が無くて、脳の外側の『硬膜』の脳側に出血があって、その出血で脳が圧迫されて、意識を失って倒れたようでした。倒れた日の以前から、『出血して固まった痕がいくつかあるから、少しずつ出血はあったんじゃないか』と言われています。CT(検査)ではそれは分かなくて、MRIじゃないと分かりませんでした」  石渡は、普段から怪我について考えていなかったら、今回のように早めの行動は出来なかったという。 「夜中に『手術が終わりました』と報告を受け、本人に会えたのは数日後でした。無事手術が成功し、意識が回復し、奇跡的に後遺症も無く、いま彼は元気に生活しています。格闘家にとっては、日常のなかで起きた事なので本当にショックな出来事でした。でも、あの時早く119番していて良かったと、ほんとうに思います」  2017年の年末に石渡は、3試合を戦い抜くなかで記憶を失い、入院。その後、長期欠場となっている。 「僕も定期的にMRIを撮るのですが、過去の出血した痕はあったんです。“あのときかな”とかいろいろ思うのですが、その出血がもし広がっていたら死んでいたかもしれない。選手は、それ(リスク)を分かっていなくて、中途半端にやっているんだったら、辞めた方がいいと思います。このことはジムの後輩たちにも伝えています」  文字通りのフルコンタクトである格闘技で、プロのファイターとして戦う、あるいは戦うまでのプロセスは常に危険が伴うものであり、傷つき・傷つかせるなかで、その覚悟とともに知っておくべきことがある。 「後から聞いた話ですが、本人はその日、頭痛があったそうです。状況によっては、防ぐことが難しい部分もあるのですが、そういう状況を作らないこと。『今日、頭が痛いので出来ません』と気軽に言える関係であれば……。たとえ、互いに試合前で勝ってもらいたいと考えたとしても、『練習を休みます』と言いづらくさせた関係性を作った自分も反省でした」  石渡の告白に、SNSでは様々な反響があった。永井は、「この件について頭痛がありながらやったのは自分で、前の試合で負けて強くなろう! 強くなろう! と焦った結果です。石渡さんは何も悪くありません」と記している。  リスクを伴わないスポーツはない。それは人生においても同様だ。しかし、ファイトするという行為が、長年、特殊なメンタルを育んだのもたしかだ。 「試合後や練習で時々、永井が『頭が痛いです』という日があって、気になっていました。僕も結構、頭痛が多いので、脳内出血のことなどを調べていたことがあって、あの時“もしかして”と思ってピンときました。今回、脳内出血について、自分の頭のなかにあったから、多少なりとも動けたというのもあります。  ただ、ボクシングを習っていたときも『殴られたら頭は痛いのは当たり前だから』『もう何ラウンド行くぞ』とか、周囲からよく言われていたので、初期の頃はそういうものだ、という刷り込みもありました。それを格闘技界の多くがやっているから、頭部へのダメージについて麻痺しちゃっている。ネガティブにとられると困りますが、『とても危険なことをしている』ということに目を逸らしてはいけない」と、石渡はあらためて警鐘を鳴らす。 [nextpage] 彼に何かあったら、RIZINで戦えなかった 「いま思えば」と石渡は振り返る。 「スパーリング後、永井は歩いていたりもしたので、『もう帰って休みなよ』と言っていた可能性もあったなって。あそこで帰らせていたらアウトだったかもしれない。あのときは会員さんもいて、ほかの選手もいたのですが、あの後、ジムのみんなでミーティングして、あらためて『監督がいないときはスパーリングをしない』『頭痛があるときは練習禁止』『実力差があるときの練習のやり方』などを確認し合いました。どんな状況であろうと、頭が痛かったら休む。間違いないです。命より大事なことはないですから」  後遺症が無く退院出来た永井は、26日後のさいたまスーパーアリーナに足を運んでいる。石渡と佐々木憂流迦の試合を観戦するためだった。 「病院に搬送された彼に何かあったら、自分は佐々木憂流迦戦(2019年7月28日「RIZIN.17」ノースサウスチョークで石渡が一本勝ち)、出来なかったと思います。憂流迦戦、本人が来てくれて、勝ってバックステージに行ったら、泣いて喜んでくれて……『ありがとう』って僕も言って。ほんとうに後遺症も無く帰って来てくれてよかったな、と思いました」  事故の当事者として、ジム内でのことを公にするにはリスクもあり、実際に様々な反響があった。 「今回の件は、本人の許可を得て周囲には話していましたが、格闘技のことをよく知ってもらうために、今後、少しでもこういった事故を減らすためにも、一般の人にも公開した方がいいと思っていました。1年が経って、永井本人と代表(奥野泰舗)とも話をして『知ってもらうべき』ということで、今回、ツイートをしました」  その言葉は、選手のみならず、メディア側からも絶えず発信していかなくてはならないことだ。それは身体を酷使しながら、身体を守るという矛盾のなかで競い合うスポーツを見せるうえで、最低限の条件となる。 [nextpage] 引退後も人生は続く  格闘技に取り組む人に向けて、永井は語る。 「スパーリングの強度にもよるんですけど、やっぱり一番ダメージがある練習なので、スパーリング後はケアーして、頭が痛かったりしたら休養は必要だと思います。僕はその休養を取らなかったから出血してしまった。オンとオフをしっかり取ること。試合間隔も開けないと危険だなと思います。自分で分かっていないダメージもあります」  格闘技には幼い頃から取り組んできた。ジムで仲間たちが動いている姿を見ると、複雑な思いは残る。 「自分は福岡出身で、もともと小学生の頃から真武館で空手をやっていました。小・中と福岡の大会で優勝し、中学からは投げ技・関節技も教えてもらい、総合的な動きを知りました。高校を卒業して格闘家になろうと決めて上京して、千葉に住んでいたので、近くにCAVEがあることを知り、そこが廣田瑞人選手や石渡選手ら素晴らしい選手がいるジムであることを調べて入りました。  引退は……正直、まだ悔しい部分もあって、身体が動くので、チームの面々の練習を見ているともやもやして……まだ格闘技をやりたい部分もあるのですが、ずっと引きずっていると先に進めないなと思い、石渡さんからもいろいろアドバイスをいただいて、心配して仕事の紹介や声をかけていただいていたので、“いつまでも引きずっていられないな”と思い、引退を決めました」  石渡は、まだMMAに未練があった永井に「無理だよ」と話したという。プロ格闘技の先にも人生はある。 「時々、連絡して『これから何をするんだよ?』と聞いています。『トレーナーをやりたい』とも聞いたので、できる事は紹介しています。格闘技とは別ですが、何か熱くなれるものを見つけてほしいと思っています」  現在、永井は、工業高校の建築科で学んだ知識を活かし、選手時代にも務めていた建築関連の会社で図面を引きつつ、パーソナルトレーナーとしても活躍。CAVEやDREAM CUBE1等で、選手や一般の人にも身体作りのサポートをしている。 「やっぱり格闘技は楽しいですし、好きなので離れられないです。選手のときはまだプロデビューして数戦なので、収入も少なくて辛い部分もありますが、いまになって思えば目標があってそこに向かえることはすごく幸せなことだな、と感じています。いまはまだ僕はそれが見つかっていないので、探しています」  ときに後輩のトレーナーを務めながら、永井は思いを巡らせる。MMA選手ではなくなったが、彼はまだ“ファイター”だ。 「可能ならば……柔術にも取り組んでみたいです。周囲からは心配もされますが、RIZINでもドクターをされている先生から『もし柔術をやりたくて試合をしたければ立ち会うよ』と言っていただいたり……CAVEの皆さんはじめ、格闘技で大切な人たちと出会うことが出来ました。だから、格闘技に取り組む人たちには、勇気をもって充電することも含めて、“気持ち強いっす”(※「Team 石渡」での永井のキャッチフレーズ)と言いたいと思います」
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