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【1995年4月の格闘技】これぞ必殺技“伝説の掌底打ち”が火を噴き、7年ぶりに他流派王者が誕生=北斗旗全日本

2020/04/13 21:04
 1986年10月に創刊され、30年以上の歴史を誇る格闘技雑誌『ゴング格闘技』が、秘蔵写真と共に過去4月にあった歴史的な試合や出来事を振り返る。22回目は1995年4月16日に宮城県スポーツセンターで開催された『北斗旗空手道体力別選手権大会』から“真の必殺技”を持った選手の話。  絶対的な本命を欠いた中量級は、他流派の実績を持った選手が多く参戦していた。迎え撃つ大道塾勢は全日本クラスでの優勝経験がなく、苦戦が予想されたが1回戦を突破できた他流派は1988年無差別級3位の松下善裕(我流)と1988年中量級王者・平岡義雄(日神会)の2人だけだった。  両者は2回戦も突破し、準決勝に駒を進めたが、まず松下にストップがかかった。進撃を止めたのは1992年無差別級7位の黒崎豊(大道塾ロサンゼルス支部)である。ロサンゼルス支部長を務める黒崎は、同地で「空手術同志館」を開く元キックボクシング日本フェザー級王者・亀谷長保とも交流を持ち、キックボクシングの試合にも出ていた。 (写真)準決勝ではパワーに優るロシア人選手も掌底で圧勝した平岡 一方、平岡は独特のモーションから繰り出す強烈無比な掌底打ちで1、2回戦を勝ち上がり、準決勝でもパワーに優るヴェセルチャコフ(大道塾モスクワ支部)を掌底でタジタジにさせて優勝へ王手をかけた。平岡の北斗旗出場は7年ぶり、37歳になっていた。  この掌底打ちがとてつもない破壊力だったのである。“ボコッ!”という炸裂音が場内に鳴り響き、観客席からはそのたびにどよめきが起こる。もらった相手は大きくのけ反り、その破壊力を物語る。拳によるパンチよりもはるかに強力なのではないかと思わせるほどのインパクトだった。  他流派の決勝進出自体、1989年以来。場内には否が応でも緊張感が高まる。  決勝戦が始まると、黒崎はそれまで多用していたフットワークを使わず、腰を落とした低い構えで相手の出方を見る。平岡もジャブを出すくらいで長いにらみ合いが続き、主審は「待て」をかけて両者にアグレッシブを促した。 (写真)打ち合いで黒崎をダウンさせ、平岡はガッツポーズ 先に仕掛けたのは黒崎だった。前へ出ようとする平岡に左ストレート、平岡もすかさず3連打を返すと、黒崎は回り込んでの左ミドル。激しい打ち合いが始まった。ストレート連打で一気に仕掛けてきた黒崎に、平岡も左右フックと掌底で応戦。両者一歩も退かない打ち合いに場内は沸くが、倒れたのは黒崎の方だった。平岡の左の掌底がアゴをとらえたのである。  腰から崩れ落ちる黒崎。ガッツポーズをとる平岡。もはや勝負あったかと思われたが、黒崎が何とか立ち上がり、「有効」で試合再開。  だが一度崩れたパワーバランスを元に戻すことはできない。左右の掌底を振るって前に出てくる平岡に、黒崎は左ロー、左ミドルで応戦するが掌底の連打、ヒザ蹴りで圧倒され今度は技ありを取られる。以後も平岡が一方的に攻め、ヒザ蹴りで有効を追加する完勝で7年ぶり2度目の優勝を決めた。  優勝した平岡は「年齢的な限界を超えよう、というのがテーマなんです。日神会には高齢の選手が多いのですが、やればできるという気持ちが大切なんです。7年前にも優勝していますが、今はレベルが違うと思われるのは嫌なのでいつでも現役で実証したいと思います。試合は7年前の北斗旗以来ですね。練習は1回1時間くらいのものを、少しずつやりました。内容的には皆さんの半分の量くらいしかやっていないかもしれません。とにかく、空手ができてよかったです。今日は勉強になりました」と、謙虚ながらも驚きの達人ぶりが分かるエピソードを明かした。
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