2020年2月11日(火・祝)東京・大田区総合体育館『KNOCK OUT CHAMPIONSHIP.1』で行われる「無法島GP トーナメント」。同トーナメントに出場する鈴木千裕(クロスポイント吉祥寺)のインタビューが主催者を通じて届いた。
鈴木はREBELS -60kg王者・鈴木宙樹の弟で、元々はMMAファイターとしてパンクラス・ネオブラッド・トーナメント2018フライ級(56.7kg)で優勝。8月の『REBELS』でキックボクシングの試合に臨み、パワフルなパンチで初回TKO勝ちを飾ると10月の『KNOCK OUT×REBELS』ではメインイベントに抜擢。二冠王・橋本悟を1R僅か45秒でマットに沈めた。11月には耀織も2Rでマットに沈めて3戦全勝(3KO)と怪物ぶりを発揮している。
■計量の前日、脱水で倒れてしまったんです
鈴木千裕はいつも「逆境」で戦ってきた。
昨年、立ち技デビューすると持ち前の強打で格上の対戦相手を次々とKOし、格闘技通で知られる『無法島』作者、森恒二氏を驚嘆させた。
「パワフルで、対戦相手を暴風雨に巻き込むようにして倒す。山本KID選手や五味隆典選手以来の衝撃です」
見る人の度肝を抜く強打は、ペルー人の父と日本人の母を持つハーフという強みから生み出される。兄・宙樹(ひろき)と共にパンチの硬さと伸びには定評があり、「倒し屋兄弟」の愛称通り、目下KOを量産中だ。
2019年8月のキックボクシングデビュー戦は洋介に1RでTKO勝ちだが「天性の強打」という武器は与えられたものの、その反面、彫りの深い顔立ちや手足の長さが幼少期からからかいの対象に。鈴木はこう振り返る。
「『ハーフあるある』ですけど、めっちゃ言われたのが『祖国に帰れ!』です(苦笑)。あと『なんで日本語喋れるの?』とか。ペルーへの差別もありましたね。『触るな、ペルーが移る!』なんて言われたり」
からかわれたり、馬鹿にする物言いをされたら、絶対に黙ってはいなかった。
「小学校の時は荒ぶってて、何か言われると『うるせえ!』って言い返して、小1から小6までよく喧嘩しました。6年生の時に最後の大喧嘩をしたんです。相手はクラスで一番体の大きな子で、マウントを取ったり取られたりで殴り合いして。僕のパンチが相手の目に入って大きく腫れてしまって、あとで『空手をやってるのにそんなことでいいの?』と親や先生に怒られて。それで反省して、それ以来、どんなにからかわれたり馬鹿にされたりしても、喧嘩は一切してないです」
鈴木は3歳から伝統派空手を始め、中学で総合格闘技に転向。17歳でプロデビューすると、19歳でパンクラス・ネオブラッド・トーナメント優勝。その後、立ち技に転向するとキックルールで3戦3勝3KOをマーク。
2019年10月、KNOCK OUTのメインに抜擢されて橋本悟を1Rわずか45秒でKO 格闘家としての歩みは順調そのものに見えるが、実は大きな挫折を経験している。昨今、格闘技界で問題となっている「計量失敗」である。
これまで公にしてこなかった当時の経緯や事情を、初めて鈴木が明かす。
「パンクラスではフライ級の57kgで試合していて、毎回12kgの減量をしてました。栄養士の専門学校に通っているので、実習で料理を作っても味見だけで一口も食べられなくて、減量期間は毎日が地獄でした。『次は絶対に階級を上げよう』と思うんですけど、計量をパスしてリカバリーして試合に勝つと『もう1回大丈夫』と思ってしまうんです。それがよくなかったです」
過度の減量で、いつしか鈴木は心身のバランスを崩してしまう。
「過食症みたいになってました。試合が終わると、食べても食べてもお腹いっぱいにならなくて、弁当を5、6個、気持ち悪くなるまで食べました。そうすると、今度は罪悪感に襲われて、隠れて食べたものを戻して。つらくて、生まれて初めて『死にたい』とまで思いました」
2019年11月の3戦目は耀織を2RでKOした 体重は最大で72.5kgにも達した。だが「ここから3連勝すればチャンピオンになれる」と言われ、夢をかなえたい一心で57kgで戦い続けることを決めた。
しかし、成長期の体は練習するだけで筋肉が付き、過食の影響もあって、57kgまで15kgもの減量が必要となり、一昨年12月、鈴木は計量を失敗する。
「計量の前日、脱水で倒れてしまったんです。全然体重が落ちなくて、下剤を2回使って出すものは全部出して、それから走ったんですけど汗が全然出なくて。
その晩、母親に『計量オーバーしたら罰金とか大変だと思うけど、死ぬぐらいなら水分を摂って』と言われたんですけど飲まなかったです。それでも落ちなくて、無理だと分かってたんですけど、計量会場に行って秤に乗って2.8kgオーバーでした。対戦相手の方やパンクラスの人に『すみませんでした』と謝りました」
試合は中止。鈴木のSNSには「プロ失格」と非難するコメントが殺到した。
「1週間は引きこもりました。カーテンを閉め切って、携帯は部屋の隅に置いて、ベッドの上で体育座りしながら『対戦相手やいろんな人に迷惑をかけてプロ失格だ。このままだと体も壊す。やめよう』と考えてました」
■新しい世代、新しいKNOCK OUTを自分が引っ張っていく
1週間後、鈴木はSNSに寄せられたすべてのコメントに目を通した。
「『見るなよ』と言われていたんですけど全部知りたかったんです。すべて読んで、それで火が付きました。まず対戦相手の方に謝りに行って、一緒に練習をしたんです。それからは学校が終わると2つのアルバイトを掛け持ちして、なんとか借金を返して。それで少し胸のしこりが取れました」
あまり知られていないが、計量オーバーで試合を不成立にしてしまった選手は「ファイトマネー没収」だけでは済まされず「罰金」や「チケット代金弁済」で多額の借金を背負うのだ(契約条件によって異なる)。
失意の鈴木にクロスポイントの山口会長が声を掛けた。
「階級を上げて、キックをやるか?」
山口会長はこう述懐する。
「その選手に合う居場所を見つけてあげることが大事で、千裕はパンチがあるのに寝技で漬けられて負けるのを見てきたので、計量失敗を機に打撃を活かせるキックの方が輝くのではないか、と考えたんです」
鈴木は即決だった。
「やります」
鈴木の脳裏に浮かんだのは、兄・宙樹の姿だった。
「お兄ちゃんはみんなが見ていないところで助けてくれるんです。計量を失敗して、一番キツい時に『千裕は絶対にチャンピオンになれるからもう1回やり直せ』って。普段はアホですけど(笑)大事なところでは守ってくれて、お兄ちゃんとしても、選手としても尊敬しています。僕もキックでベルトを獲って、兄弟そろって一緒にベルトを巻いてリングの上で写真を撮る、って決めてます」
2月11日(火・祝)、大田区総合体育館で開催される『テレ・マーカー Presents KNOCK OUT CHAMPIONSHIP.1』が近づいてきた。
無法島 GRAND PRIXの1回戦の相手は、トーナメント抽選会で鈴木が指名した与座優貴(橋本道場)。
「20代対決で、無敗同士で、昔から意識してる与座選手とどうしても戦いたかったんです。ずっとベルトを獲ることを意識していたんですけど、今は与座選手との1回戦に全部集中してます。
動画は100回以上見て、与座選手の蹴りは速いですけど自分のパンチの方が速いんで。今の自分の考えでは1RでKOできると思います。準決勝は西岡(蓮太)選手、決勝戦は古村(匡平)選手が来ると思ってて。全員、20代の選手を自分が倒して、ベルトを獲って、新しい世代、新しいKNOCK OUTを自分が引っ張っていく。そういうストーリーだと思ってます」
計量失敗のどん底から1年で華やかな舞台に立つまでに這い上がってきたが、本人は「まだまだです」という。
「これから自分の階級の選手は全員ぶっ倒していくんで、まだ今の自分は『100』だとも思ってないです。今回のトーナメントで対戦相手を全員倒して優勝した時、自信に変わるんだと思います。ぜひ、2月11日、大田区総合体育館に来て『無法島 GRAND PRIX』で鈴木千裕が新しい時代を作る瞬間を見に来てください!」
文/撮影=茂田浩司