2024年3月9日(日本時間10日朝8時)、米国フロリダ州マイアミのカセヤ・センターにて『UFC 299: O'Malley vs. Vera 2』(U-NEXT配信)が開催される。
コメインでは、ブノワ・サンデニ(フランス)がオクタゴン6連勝を賭けて、元UFC世界ライト級暫定王者のダスティン・ポイエー(米国)と対戦する。
▼ライト級 5分5Rダスティン・ポイエー(米国)29勝8敗(UFC21勝7敗)156ポンド/70.76kgブノワ・サン・デニ(フランス)13勝1敗(UFC5勝1敗)※UFC5連勝中 155ポンド/70.31kg
(C)Zuffa LLC/UFC
サンデニは、フランス陸軍士官の父親と教員の母親との間に生まれ、父親の影響で8歳から16歳までフランスとドイツで柔道のトレーニングを積み、黒帯を取得した。18歳の時にフランス陸軍に入隊し、特殊作戦旅団隷下の第1海兵歩兵落下傘連隊に配属されると、主に西アフリカでテロ組織と戦いながら、マリ北部紛争にも従軍。2017年にブラジリアン柔術とキックボクシングを始め、2018年からMMAもトレーニング。「2年かけてUFCにたどり着く」と目標を定め、軍隊を辞めてプロファイターになった。
精鋭揃いのスペシャルフォースから、生活苦のMMAファイターへ。そしてプロ10戦目でのUFC入り。デビュー戦はウェルターでエリゼウ・ザレスキに判定負けでキャリア唯一の黒星を喫したが、ライト級で5連勝。ついに元王者との対戦に漕ぎつけた。
ポイエー戦に向かうサンデニに本誌が聞いた、格闘技と戦場の違い、侍魂と騎士道、そして「今年一番の、最高のバイオレンス・ファイト」について。
特殊部隊で持っていなきゃいけない技術は──
──今回のトレーニングキャンプについて教えてください。練習した環境や、どんなトレーニングパートナーと練習してきましたか。「いつものメンバーだ。ずっとBJJを教えてもらっているクリストフ・サヴォカ、ヘッドコーチのダニエル・ヴォアランをはじめ、トレーニングキャンプ中はいつものスタッフ全員がしっかり一緒にやってくれていた。みんなが自分の準備と体調を整えるためにベストを尽くしてくれているんだ」
──アメリカのメガジムなどに移籍することなく、練習環境を地元のままにしていることには特別な理由がありますか?
「すごく嬉しいことにいまやフランスには、ハードなトレーニングがしやすい設備が整っているから。いいスパーリング・パートナーたちもいるし、ダニエルコーチはアンデウソン・シウバ、ダン・ヘンダーソン、リョート・マチダのようなハイレベルな選手のコーチを務め指導してきた人で、自分はそういう選手の一人として、MMA選手に転向することを2019年に決めて、フランス、パリでチームに加わったんだ。そして今はバイヨンヌにあるCYFITというジムで練習している。そこは自分がささやかにBJJやキックボクシングを始めた場所でもある」
──長いあいだ、MMAは非合法だったフランスですが、さまざまな団体の興行が開催されている様子を見ても非常に活況なようですが、実際いかがですか?
「今、すごく盛り上がっている、盛大に。仰る通り、2020年に合法化されたのだけれど、その年はCOVIDの影響で誰もその話題には触れようがない状況だった。でもそういうコロナ禍から状況が良くなってきた矢先の2021年に最初のUFCの大会がパリで開かれて、めちゃくちゃ盛り上がったんだ。たくさんの若いファンだったり新しいMMAファンと、もちろん古参の格闘技ファンもいて、そういう人たちが混ざりあっていた」
──フランスの格闘技カルチャーとしては、MMAというのは定着しやすいのでしょうか。あるいは他の競技の人気と比べていかがですか?
「やっぱりフランス人は日本と同じように柔道は競技人口が多いし好きな人も多くて、キックボクシングやムエタイも好む。あとはサバットがとてもポピュラーなスポーツなんだ。そういうものが人気だから、当然MMAも、すごく人気が出ているという感じだ。つまりそれらのスポーツがあわさってのMMAだから」
(C)Zuffa LLC/UFC
──ブノワ選手のプロフィールではやはりひときわ目を引くのが「特殊部隊」に所属していたというバックボーンです。軍での訓練や実戦でどの程度、白兵戦というものを経験してきたのでしょうか。そして近接戦闘のなかで有効だと感じた格闘技のスタイルや技はありますか?
「特殊部隊では、白兵戦と言われるような接近戦、そしてその練習をやることは基本的にはない。持っていなきゃいけない技術っていうのはそれよりも、スキューバダイビングやスカイダイビングのテクニックだったり、モーターボートなんかを含む各種モビリティの運転技能。それはいわゆるエネミーラインの後方に潜入する手段であって、そういうものをたくさん習っておく必要があるんだ。
それで、実戦となったら必要になるのは主にHK416(カービンタイプのアサルトライフル)で、あるいはそれ以外の種類のライフル銃で戦う。テロリストを相手に丸腰の戦闘は想定しがたい。軍隊で接近戦のセッションは1年に10回くらいの機会で少しあるのだが、必要とされるのはあくまでも相手を制圧すること。だから動きとしては地面に押さえつけて動かないように手を縛る、そういうものだ。テロリストとの戦いだから、やっぱりまずは武器をいかに使うかから学ばないと。
とはいえ、だ。自分としては、2017年にBJJを始めてそこにハマってからは、接近戦においてBJJは非常に有効であると思った。もしハイレベルなBJJテクニックを持っていると戦闘のなかで両方、つまりフィニッシュすることもできるし、あるいはヤバい体勢になってもサバイブすることも可能であるということだ。そこにボクシングやキックボクシングも始めると、うん、これもかなり有用だなとは思った。それに何より、軍での任務は自分に規律を与えてくれた。そして戦いのなかでいかに自分をコントロールできるかを学ぶことができた」
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MMAファイターになり、収入が減ってとてもしんどかった
(C)Zuffa LLC/UFC
──ご自身のバックボーンとしては、柔道ですよね? そして先ほどコーチ陣の名前に挙がった柔術のクリストフ・サヴォカコーチや、ATTでマルコス”パルンパ”ダマッタコーチとも練習しています。11月のマット・フレボラ戦では、テイクダウンされながらもフックガードから右でアンダーフックして見事なスイープを決めていましたね。強いベースに加え、下からもリカバリー出来るのは、彼らとのトレーニングの成果でしょうか。
「子どもの頃からずっと柔道をやってきて黒帯だ。週1ペースの練習だったからどっぷりではないかもしれないけれど、競技としては向いていたと思っている、自分は精神的にタフだから。まあ自分自身としては楽しんでやっていた感じだ、幼いときは。そう、柔道経験がより早くBJJやレスリングを上達するのに役に立ったと思う。全てを組み合わせるからこそ、自分の選手としての上達は早かったのだと思う。
うまく行っていない試合の流れの中でサバイブするためにも、あるいは素早く相手を極めたりスイープするにもバックを取ることはすごく重要だ。ATTのコーチのパルンパの名前を今挙げてくれたね、実は面白いことに、自分の師のクリストフ・サヴォカはネウソン・ソラリの黒帯なんだけれど、カーウソン・グレイシー門下として根っこでパルンパと繋がっている。ネウソンは二人とも指導していたらしくて、ハイレベルな素晴らしいコーチたちが同じ先生のもとにあるというのはすごいことだ。
──たしかに。話は変わるのですが、軍隊を辞めて格闘家になるという時に収入で苦しむというようなことはなかったのでしょうか。
「その通りで、すごく難しかった。2年ほどは低賃金に悩んだ。英語で何て言うか知らないのだけど、フランス語で“chomage”=失業したわけだから。月2000ユーロから900ユーロまで収入が減った。だからとてもしんどかった。でもやっぱり挑戦だったから。自分に言い聞かせたんだ、2年かけてUFCにたどり着くと。9カ月後にプロデビューしてすぐ、Brave Combat Federationに所属してファイトマネーをもらえるようになって2年半で給料が上がっていって、UFCと契約してからは暮らしに足るだけの稼ぎが入るようになった。それから、今では自分の価値も上がってスポンサーもついてくれるようになったから妻と子どもを支えられるところまでにはなった」
──今回ダスティン・ポイエーとの試合はどのようなものになると考えていますか。
「あらゆる局面で、お互いを試す試合になるだろうと思っている。グラウンドでも強くてレスリングが上手いし、それでいて打撃も強力だ。だからこそ彼は長年にわたって活躍できているし、ライト級で暫定王者にもなりベルトに近いコンテンダーでいられるのだ。だから彼と対峙できることを嬉しく思う。精神的な意味で、この試合は“戦争”になるだろう」
──サウスポー同士の対決となります。いつものブノワ選手はレバーキックを得意としていますが、この試合、何がカギになりますか。
「多くの人がサウスポー同士になると蹴れない(蹴りに行けない)だろうと言うけれど、そんなことはなかろう、蹴れるとも。別にサウスポー同士じゃ蹴っちゃいけないって規定じゃないんだから(笑)。当然、自分の武器のひとつというのはしっかり活かしたいとは思うものだ。とはいえ、自分にはちゃんとたくさんの選択肢がある。さっと切り替えられるようなものが。別にオープンガードのオーソドックスの相手とやる時でも当然、いつだってさまざまな選択肢を持って戦っているわけだから、相手がサウスポーであっても同じこと。自分としてのカギは、しっかり体をつくって、自分のやるべきことをこなすだけの準備をして、気持ちをクリアーな状態に保ち、試合に集中すること。そうすることで、今年一番の、最高のバイオレンス・ファイトが生まれるというわけだ」
──ブノワ選手はナポレオン信奉者だそうですね。ナポレオンの言葉を引用しているインタビューを拝見しました。「この世には二つの力しかない。剣の力と精神の力だ。そして必ず、最後には剣は精神に打ち負かされる」というものです。この名言を好む理由とは?
「精神が剣に勝るという言葉通り(MMAや試合を戦う上で)メンタル面はすごく大きい部分を占めているから。やっぱりそもそもスケジューリングをはじめとして、いい練習を積むためにも頭には知性を備えていないといけないという意味もあるし、メンタルの強さはめちゃくちゃ大事だ、とりわけ試合をやっているなかでは良くない時間が訪れたりもするものだから。そういう時に乗り越えられるだけのメンタルが求められる。毎日ハードに練習した上で、本当の戦士としての規律がすごく重要になってくる。日本人諸君には『侍魂』ってやつがあるだろう? そういう日本の人からナポレオンの名前が挙がるというのは面白いよ!ナポレオンは最も偉大なフランスの象徴だ。彼がフランスを強大な国に押し上げたフランスの唯一無二の皇帝だ。彼はフランスにおいて、ヒューマニストとは程遠いが、一方でとてもロマンティックな存在なんだ」
──今、日本のサムライ・スピリッツにも触れていましたが、それも踏まえて是非日本のファンにメッセージをお願いします。
「日本の皆さんこんにちは。皆さんの国の歴史はとても面白く興味深いですね。我々の国の“シュバリエ”騎士道に似ていますから。自分は試合をするのが好きで、ワイルド・スピリッツがあると思っているから、どうか試合を楽しんでほしいです」