MMA
インタビュー

【Bellator】戦慄のブラジリアンキックはなぜ決まったか? 17戦無敗のウスマン・ヌルマゴメドフにタップしたベンソン・ヘンダーソンが語る

2023/03/13 11:03
 2023年3月10日(日本時間11日)、米国カリフォルニア州サンノゼのSAPセンターにて『Bellator 292: Nurmagomedov vs. Henderson』が開催。優勝賞金100万ドル(約1億3千万円)の「Bellatorライト級ワールドグランプリ」(5分5R)が開幕した(U-NEXT配信)。  GP1回戦の2試合が行われ、メインイベントとして、現Bellator世界ライト王者のウスマン・ヌルマゴメドフ(ロシア・16勝0敗)と、元UFC世界ライト級王者のベンソン・ヘンダーソン(米国・30勝11敗)が、ライト級王座を賭けて激突。  試合は、ヌルマゴメドフが、ヘンダーソンを1R リアネイキドチョークで極めて準決勝進出を決めている。この試合で世界を驚かせたのが、ヌルマゴメドフのブラジリアンキックでのダウン奪取だ。そのとき、ケージのなかで何が起きていたのか。 「見返さないと、試合のこと、全然おぼえてないんだ」と語ったヌルマゴメドフだが、その決定打は、練り込まれた動きだった。 1発目の前蹴りと同じ軌道から変化したブラジリアンキック!  試合序盤、サウスポー構えのヘンダーソンに対して、オーソドックス構えのヌルマゴメドフは、左足をヘンダーソンの右足の外に踏み込んで右の三日月気味の前蹴りをみぞおちに突く。それを定石通り、右手で外に払おうとするヘンダーソン。  近づくヘンダーソンとヌルマゴメドフは喧嘩四つで互いの前足が実際に触るほどの距離に。  そこでヌルマゴメドフはいったんヒザを垂直に上げて前蹴りで中足を突き刺すように足の裏をヘンダーソンに向けている。  顔面をガードしているヘンダーソンは、ひとつ前の前蹴りを腹に効かされたか、2回目の蹴りに同じく右手で外に払うために下げた。  しかし、ヌルマゴメドフはその途中で蹴りの軌道を変えた。  軸足を外に向けて、右ヒザを左に傾けてヒザより上を顔面に向けて変化。スナップを効かせてヘンダーソンのアゴを打ち抜いた。  このときヘンダーソンのガードは腹への蹴りへの防御で下げており、顔面は空いていた。その右つま先がアゴに当たった瞬間、目一杯、身体を伸ばしたヌルマゴメドフは軸足も浮いており、アゴにもらったヘンダーソンのダウンとともに尻餅を着いている。  ギリギリの攻防のなかで、布石を打って決めたブラジリアンキック。  いち早く立ち上がったヌルマゴメドフは、ヘンダーソンのバックを奪取。パウンドのラッシュからリアネイキドチョークを極めてタップさせている。  左右どちらでもスイッチするヌルマゴメドフは、これまでサウスポーの相手に同じくサウスポーに構えることが多かった。しかし、ヘンダーソン戦でウスマンはオーソドックスに構えて対峙した。  この変化に、ヘンダーソンは戸惑いがあったと試合後の会見で明かしている。 [nextpage] 「クエスチョンマークキック」あんなの、そうそうできない(ヘンダーソン) 「ウスマンはサウスポースタンスで来ると思っていたんだけど、オーソドックス構えでボディから足を狙い、自分のインローもちゃんと当たったとは言えなくても当たっているからよし、っていう感じでいたんだ。  2つキックを放ってきて、まずひとつ目をチェックして、すこし後ろに下がったところに、後ろ足を“クエスチョンマークキック”だった。あんなの、そうそうできない! よほどの技術がないと。  それで、前蹴りのように出してきた“はてなキック”がクリーンヒットだった。つま先が顎に当たる感じで、目が覚めたらバックに回られて、バンバン殴られてて“うええ、やばいことが我が身に起きてる!”って自覚したような感じで。  まあそういう思いをしたことがないと分からないと思うけども、そうやって、戦ってる間にハッと気が付くときっていうのがあるんだ。  バックを取られて気が戻ってきたんだけど、ちょっと後頭部よりのところを殴ってきたから“レフェリーちゃんと見てくれ”って思いながら……」(ヘンダーソン)  最後のフィニッシュはリアネイキドチョーク。  その体勢での防御はヘンダーソンにとって、得意なはずだった。 [nextpage] あの体勢でのチョークのディフェンスはとても上手いと思っていたのだけど──  これまでフロントからのチョークや腕十字をキャリアの中期に極められたことはあったが、ホイス・グレイシーの弟子ジョン・クラウチのもとでブラジリアン柔術を学び、黒帯を授かってからは、プライベートでUFCの試合後にも柔術大会に参加するほどの柔術家であるヘンダーソンは、バックチョークで極められたことは一度もない。  その瞬間を振り返ったヘンダーソンは、嗚咽をもらした。 「それで……バックを取られた後は、彼が足を交差してかけてきて、“その足を組むなよ、捕まえたいんだから”なんて思ってたんだけどうまくいかなくて、彼がリアネイキドチョークをかけようとしたとき、自分はあの体勢でのディフェンスはとても上手いと思っていたのだけど……」と振り返りながら涙がこぼれ落ちた。  涙をぬぐうヘンダーソンが泣きやむまで、待つ報道陣を前に、ヘンダーソンは言葉を続けた。 「とにかくバックを取られてもディフェンスには自信があったけれど、ウスマンはバックテイクを確固たるものにした。彼が自分の胸を、俺の背中に押し付けていたから、ディフェンス方法である、肩をグラウンドのほうに回すっていうことが上手くできなかった。そしてそのまま“もうだめだ”というところに行ってしまった」  リアネイキドチョークの防御のひとつは、腰をずらすこと。このときいったんはヌルマゴメドフはの下の足に腰がのりかけて、腕の極めがずれかけたかに見えたが、そのとき上半身をタイトに絞めたヌルマゴメドフに、ヘンダーソンの肩は内側に向くことが出来ず、正対のチャンスは摘まれ、足を巻き直したヌルマゴメドフが、アゴ上から徐々に腕を喉下に滑らせ、タップを奪っている。  王座を防衛し、準決勝進出を決めたウスマンは、ヘンダーソンとハグをかわすと、マット上で「応援ありがとう。この勝利はとても意味があること。ベンソンは危ない相手だった。25分間、戦うつもりだった。これまでの努力が認められた結果だ。両親に感謝したい。みんなサポートをありがとう。次? 僕は誰も選ばない。誰でも構わない」とコメントし、セコンドのUFC世界ライト級王者のイスラム・マカチェフとハグをかわした。  続けて敗れたヘンダーソンにもビッグジョン・マッカーシーがインタビュー。  このサンノゼのSAPセンターは、UFC時代にヘンダーソンが妻マリアに公開プロポーズをした会場だ。  そこでヘンダーソンは「サンノゼ、愛してる。サポートをありがとう。ここにはいい思い出ばかりで、辛いこともあったけど、過去4試合のなかで『負けたら引退』と周囲には言っていたんだ。いまがその時だ。世界中のみんなありがとう」と語り、オープンフィンガーグローブをマットに置いた。 [nextpage] 僕にとっては、妻が「自分の番」を迎えることが重要なんだ  試合前の本誌のインタビューでヘンダーソンは、今回のGPがキャリアの最終章になることを語っていた。 「まずはGPを戦い抜くこと。僕にとって、僕の最期はこの3戦で、それで終わりになる。次は妻の番だ。マリアがBellatorと契約したからね。妻は、多くの妻がそうであるように、自分のキャリアを先延ばしにした。妻は4人の子供を産み、今はジムでトレーニングをしているから、次は僕がその世話をする番だ。  トム・ブレイディ(元NFL選手)を見れば分かるように、定年退職を迎える人は皆、もう1回プレーできると考えていると思うけど、僕にとっては、妻が自分の番を迎えることが重要なんだ。彼女はトレーニングに集中する必要があるし、MMAで良い成績を残すために必要な仕事量もある。子供たちの世話をするのが主な仕事である以上、その時間を確保するのは難しいんだ。だから今度は僕が子供の面倒を見たり、学校の送り迎えをしたり、そういうことをやっていって、妻のキャリアの育成に集中していければいいなと思っている」  マリアと最後のケージなかでキスをかわしたヘンダーソンは、今後、妻のBellatorでの試合のセコンドにつくことになる。  そして、MMA17勝無敗、王者のウスマンは、5月12日のパリ大会で1回戦を戦うマンスール・バルナイウとブレント・プリムスの勝者と準決勝で対戦することになる。この両者も柔術黒帯。そして元ROAD FC王者のバルナウイは、今回のトーナメントの優勝候補ともいわれている。この勝者との対戦も注目だ。 【写真】現UFC世界ライト級王者で盟友のイスラム・マカチェフと現Bellator世界ライト級王者のウスマン・ヌルマゴメドフ。(C)Bellator  Bellator王者として、元UFC王者に完勝し、GPを勝ち抜こうとするウスマン・ヌルマゴメドフは、強力なケージレスリングを誇るダゲスタン軍団のなかで、ダゲスタンレスリングのみならず、独自のキック、柔術でも極めて、いまなお進化を見せている。 「これで僕にムエタイのベースがあることが分かったでしよ?」と笑ったヌルマゴメドフは、王者のままGPの頂点に立つか。
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