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コラム

ヒクソンvs.高田延彦の『PRIDE.1』から今日で25周年、PRIDEを「25」の名シーンで振り返る

2022/10/11 21:10
 1997年10月11日、東京ドームでヒクソン・グレイシーvs.高田延彦をメインイベントにした『PRIDE.1』が開催されてから、今日で25年が経った。  総合格闘技を世界的な人気に引き揚げ、今もなお語り継がれる『PRIDE』。その記念すべき第1回大会は、プロレス界で“最強”を謳った高田と400戦無敗の異名をとるヒクソンが対決することで大きな話題を呼んだ。  試合は1R4分47秒、ヒクソンが腕十字固めで勝利。当初、『PRIDE』は1回だけの開催の予定であり、『PRIDE.1』の名称も「たった一つのプライド(誇り)」という意味が込められたものだった。しかし、『PRIDE.1』が好評だったため、そして為す術なく敗れた高田がヒクソンとの再戦を希望したことから『PRIDE』はシリーズとして開催されて行くようになり、桜庭和志、ヴァンダレイ・シウバ、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ、エメリヤーエンコ・ヒョードル、ミルコ・クロコップ、五味隆典など多くのスーパースターを生んだ。  今回は25周年を記念してPRIDEにおける「25」の名場面を写真で振り返ってみよう。 [nextpage] 1998年6月24日「PRIDE.3」〇桜庭和志2R 5分19秒 ※膝十字固め×カーロス・ニュートン  PRIDE初期の名勝負。修斗、UFCで活躍して話題となっていたニュートンがPRIDEに初参戦し、両者動きが止まらない寝技の攻防を展開して日本武道館を大いに沸かせた。最後は桜庭が勝利したが、黎明期の総合格闘技の試合において総合格闘技の可能性を示すような試合であった。 [nextpage] 1999年11月21日「PRIDE.8」〇桜庭和志2R 13分16秒 ※チキンウイングアームロック×ホイラー・グレイシー  当時、圧倒的な強さを誇っていたグレイシー一族から桜庭が勝利を奪い、PRIDEの起爆剤となった一戦。桜庭がアームロックを極めての見込み一本となったが、ホイラーは「タップしていない」と抗議。桜庭は「次はお兄さん、僕と勝負してください」とヒクソン・グレイシーへの挑戦をアピールし、グレイシー一族との因縁を深めた。 [nextpage] 2000年5月1日「PRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦」〇桜庭和志TKO 6R終了時 ※セコンドからのタオル投入×ホイス・グレイシー  PRIDEと言えばこの一戦。1R15分の無制限ラウンドで行われ、6R終了時にホイスが戦意喪失して桜庭のTKO勝ち。東京ドームは歓声が渦を巻いた。桜庭がホイスの道衣を脱がせようとしたり、モンゴリアンチョップをしたり、帯を持ってひっくり返すなどコミカルな動きも見せて観客を沸かせた。 [nextpage] 2000年5月1日「PRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦」〇マーク・コールマンTKO 延長R 3分09秒 ※グラウンドでのヒザ蹴り×イゴール・ボブチャンチン  無差別級で行われた初のPRIDEグランプリ決勝戦はコールマンとボブチャンチンで争われた。初代UFC世界ヘビー級王者ながらコールマンを優勝予想にあげていた者は少なく、当時大人気を博していたボブチャンチンをTKOしての優勝は意外な結果と言われた。 [nextpage] 2001年3月25日「PRIDE.13」〇ヴァンダレイ・シウバTKO 1R1分38秒 ※サッカーボールキック×桜庭和志  PRIDEで全勝、桜庭との対戦をアピールしていたシウバが念願の一戦を実現させた。この大会から4点ポジションのヒザ蹴りが可能となり、シウバはテイクダウンを狙った桜庭にそのヒザ蹴りをお見舞い、最後はサッカーボールキックで桜庭をTKOした。エースの桜庭が敗れる衝撃の結末に場内騒然、シウバの出世試合となった。 [nextpage] 2002年6月23日「PRIDE.21」〇ドン・フライTKO 1R 6分10秒 ※マウントパンチ×高山善廣  問答無用で観客が沸いた一戦としてPRIDE史上に残る。互いがクリンチ状態で相手の首を掴んだままガード無しで殴り合い、理屈抜きでファンに「面白かった」と言わしめた。 [nextpage] 2003年8月10日「PRIDE GRANDPRIX 2003 開幕戦」〇ミルコ・クロコップKO 1R 1分29秒 ※左ハイキック×イゴール・ボブチャンチン  PRIDE初期メンバーで大人気だったボブチャンチンと、これがPRIDEでの4戦目となるミルコが対戦。危険な打撃を持つ者同士の対戦として注目を集めたが、1R1分29秒、ミルコが左ハイキックによる壮絶なKOで圧勝を遂げた。 [nextpage] 2003年3月16日「PRIDE.25」〇エメリヤーエンコ・ヒョードル判定3-0×アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ  当時PRIDEで無敵を誇っていたPRIDEヘビー級王者ノゲイラに、リングスの活動休止によってPRIDEへ参戦することになったヒョードルが挑戦。パウンドで終始優勢に戦い、ヒョードルが新王者となった。 [nextpage] 2003年6月8日「PRIDE.26 REBORN」〇エメリヤーエンコ・ヒョードル1R 4分17秒 ※チョークスリーパー×藤田和之  ノゲイラを破ってPRIDEの頂点に立ったヒョードルに、日本人ヘビー級のエースである藤田が挑んだ。不利が予想され、最終的に藤田がチョークで敗れるが、ヒョードルをフックでダウンさせるあわやの場面を作り出した。 [nextpage] 2003年6月20日「PRIDE GRANDPRIX 2004 2nd ROUND」〇エメリヤーエンコ・ヒョードル1R 1分33秒 ※チキンウイングアームロック×ケビン・ランデルマン  PRIDEヘビー級グランプリの開幕戦でミルコ・クロコップをKOする大番狂わせを起こしたランデルマンが、2回戦ではヒョードルに挑んだ。結果的にはヒョードルの圧勝に終わったが、序盤にランデルマンがヒョードルをリフトアップし、脳天から垂直に落とす危険な投げを決めてあわやという場面を作り出した名場面。 [nextpage] 2003年11月9日「PRIDE GRANDPRIX 2003 決勝戦」〇ヴァンダレイ・シウバ判定3-0×吉田秀彦  PRIDEミドル級グランプリの準決勝でファン待望の試合が実現。柔道五輪金メダリストからMMAに転向した吉田がデビュー以来3連勝でシウバの牙城に挑んだ。柔道衣をまとった吉田は予想以上に奮戦、判定で敗れたものの好試合を演じた。この日より吉田は「楽しかった。もう一度シウバと戦いたい」と口にするようになった(2005年4月に再戦し、シウバが判定2-1で勝利)。 [nextpage] 2003年11月9日「PRIDE GRANDPRIX 2003 決勝戦」〇アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ2R 1分45秒 ※腕十字固め×ミルコ・クロコップ  当初、ヒョードルとミルコがPRIDEヘビー級タイトルマッチを行う予定だったが、ヒョードルの怪我でPRIDEヘビー級暫定王者決定戦としてノゲイラとミルコが対戦。ミルコの猛攻に1Rは押されながらも、2Rにノゲイラが逆転勝利。東京ドームは大歓声に包まれた。 [nextpage] 2004年8月15日「PRIDE GRANDPRIX 2004 決勝戦」〇エメリヤーエンコ・ヒョードル1R 0分54秒 ※腕十字固め×小川直也  この年の4月に開幕したPRIDEヘビー級グランプリは、小川の参戦が大きな話題となっていた。小川は準決勝まで勝ち上がり、ファン待望のヒョードル戦が実現したが、勝負はあっ気なくついてしまった。 [nextpage] 2004年10月31日『PRIDE.28』〇ヴァンダレイ・シウバKO 2R 3分26秒×クイントン・"ランペイジ"・ジャクソン  両者は2003年11月のPRIDEミドル級グランプリ決勝で対戦、シウバがヒザ蹴りで1R6分28秒、KO勝利を収めた。今回はシウバが保持するPRIDEミドル級王座を懸けての再戦となり、前回を上回る大激闘の末にシウバがヒザ蹴りで壮絶なKO勝ちを収めたベストバウト。リング上で再戦が決定する際の両者の「ヤルツ!」も話題となった。 [nextpage] 2004年12月31日『PRIDE 男祭り 2004 -SADAME-』〇五味隆典KO 1R 6分21秒 ※左アッパー×ジェンス・パルヴァー  元UFC世界ライト級王者ジェンス・パルヴァーに1RでKO勝ちした五味は「大晦日に判定? 駄目だよ、KOじゃなきゃ!」の名言を残した。 [nextpage] 2004年12月31日『PRIDE 男祭り 2004 -SADAME-』〇長南 亮3R 3分08秒 ※ヒールホールド×アンデウソン・シウバ  後にUFC絶対王者となるアンデウソンを若き日の長南がカニばさみからのヒールホールドという意表を突く技で撃退。勝利後に長南が“ニヤリ”と笑うシーンも名場面だった。 [nextpage] 2004年12月31日「PRIDE 男祭り 2004 -SADAME-」〇マーク・ハント判定2-1×ヴァンダレイ・シウバ  当初は桜庭との4度目の対決が決まっていたシウバだが、桜庭の怪我で直前に対戦相手がハントに変更となった。K-1 WORLD GP 2001ヘビー級トーナメント優勝のハントはこの年の6月にMMA転向、PRIDE参戦を果たしてこれが3戦目。シウバはダウンを奪われるもテイクダウンするなどヘビー級のハントを相手に奮闘したが、判定2-1でPRIDEで20戦目にして初黒星を喫した。 [nextpage] 2005年8月28日「PRIDE GRANDPRIX 2005 決勝戦」〇エメリヤーエンコ・ヒョードル判定3-0×ミルコ・クロコップ  ついに実現したヘビー級頂上決戦。7連勝でヒョードルが持つヘビー級王座にミルコが挑戦した。ヒョードルはミルコのミドルキックをしっかりとスネでブロックし、逆にミドルを蹴るという意外な戦法を見せて完勝を収めた。 [nextpage] 2005年9月25日「PRIDE 武士道 -其の九-」〇五味隆典1R 7分42秒 ※チョークスリーパー×川尻達也  PRIDEライト級グランプリの開幕戦、1回戦で実現した五味vs.修斗世界王者・川尻の一戦は異様な緊張感の中で行われ、五味がボディへ強力なパンチを打ち込んで最後はスリーパーで勝利した。五味の強さが際立った試合だった。 [nextpage] 2005年12月31日「PRIDE 男祭り 2005 頂-ITADAKI-」〇五味隆典KO 1R 3分56秒 ※スタンドパンチ×桜井“マッハ”速人  木口道場の先輩であり、修斗でもエースとして活躍していたマッハとPRIDEライト級グランプリの決勝戦を争った五味。接戦が予想されたが五味が強打を爆発させてKO勝ち、初代PRIDEライト級王座に就いた。 [nextpage] 2005年12月31日「PRIDE 男祭り 2005 頂-ITADAKI-」〇マーク・ハント判定2-1×ミルコ・クロコップ  K-1ヘビー級で活躍した両者によるMMAでの対戦。両者は2002年3月にK-1で対戦し、ミルコが判定勝ちしていた。ミルコは足首を負傷し、体調不良で熱もある状態で戦ったが、ハントに主導権を握られてリベンジを許してしまった。 [nextpage] 2006年9月10日「PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦」〇ミルコ・クロコップKO 1R5分22秒 ※左ハイキック×ヴァンダレイ・シウバ  両者は2002年4月の『PRIDE.20』で初対戦し、この時は3分5Rルールで戦ってドローに終わっている。PRIDE無差別級グランプリ準決勝での4年ぶりの再戦は、ミルコがシウバの右目を負傷させ、最後は得意の左ハイキックによる失神KOで決着をつけた。この試合はファンが選ぶ2006年PRIDEベストバウトで1位に選ばれている。 [nextpage] 2006年9月10日「PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦」〇ミルコ・クロコップ1R 7分32秒 ※パウンド→ギブアップ×ジョシュ・バーネット  PRIDE 無差別級グランプリの決勝戦はミルコとジョシュによって争われ、ミルコが序盤から圧倒。ボディブローでダウンを奪うと鉄槌とパウンドの連打でジョシュをタップアウトさせた。この日はミルコの32歳の誕生日であり、K-1とPRIDEを通じて初のメジャータイトル獲得にミルコは男泣きした。 [nextpage] 2006年11月5日「PRIDE 武士道 -其の十三-」〇三崎和雄判定2-1×デニス・カーン  PRIDEウェルター級グランプリの準決勝でパウロ・フィリオに敗れた三崎だったが、フィリオの棄権によって三崎が敗者復活で決勝へ進出し、気迫のファイトでカーンを破って優勝を果たした。 [nextpage] 2007年4月8日「PRIDE.34」〇ジェフ・モンソン1R 6分37秒 ※スリーパーホールド×藤田和之  UFCに買収され、DSE体制での最後の大会となったこの大会のメインイベントでは、「UFCvs.PRIDE対抗戦」と銘打たれたモンソンvs.藤田が行われ、PRIDE代表の藤田がモンソンに敗れる結末に。これが『PRIDE』最後の試合になるとは、この時は誰も知る由もなかった。また、榊原信行社長のスピーチの際にHERO'Sへ移籍していた桜庭和志がリングに登場。田村潔司もリングに上がり、榊原社長の労をねぎらうと共に2人の対決を実現させて欲しいとの榊原社長の言葉に両者が同意した(2008年大晦日のDynamite!! ~勇気のチカラ2008~で実現している)。
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