2022年8月5日(日本時間6日・朝10時~ABEMA配信)に米国オクラホマ州ショーニーのグランドホテル・カジノ&リゾートで開催される『LFA 138』に、田中路教と河名マスト(ロータス世田谷)が出場する。
フェザー級の河名は、元グレコローマンレスリングU-23世界王者。全日本社会人選手権優勝・国体二連覇などの実績を引っさげて、MMAに転向も、初戦でジェイク・ウィルキンスのハイキックを受けてカットしドクターストップ。苦い敗戦を経験した。
しかし、その後は約2カ月毎に試合を行い、怒涛の5連勝。武器であるグレコローマンレスリングをMMAにアジャストし、急激にMMAファイターとしての強さを増している。
米国で戦う相手は、MMA8勝2敗の強豪で、UFCのマイルズ・ジョンズと兄弟のイラジャ・ジョンズ(米国)。左の強打と組みにも長けたオールラウンダーだ。
MMA転向から約1年、北米最大のフィーダーショーで、目標とするUFCへと繋がるLFAに初参戦を決めた河名は、今回の試合に向け、広島生まれとして「8月6日」に、「好きなMMAが出来ることに感謝して戦いたい」という。
現地でイレギュラーなことも多いけど、自分でコントロール出来ないことは、諦める
──2日後の試合に向け、コンディションはいかがですか。
「ホテルに着いたのが昨晩(3日)の23時頃で、体重は残り2kg減量があるので、そこはちょっと厚着して動いてという感じです。コンディションはすごくいいです」
──オクラホマというと、古くはダニー・ホッジ、ケニー・マンデー、フランク・トリッグ、ランディ・クートゥアー、キング・モーなどカレッジレスラーの宝庫というイメージですが、レスラーにとって聖地的な響きがあったりするのでしょうか。
「……オクラホマは初めてで、ダンスでしか聞いたことが無かったです(笑)」
──オクラホマ・ミクサー(笑)。2017年デーブ・シュルツ記念国際大会にも出場してますよね。ちなみに映画『フォックスキャッチャー』のシュルツ兄弟もオクラホマ大出身ですが、河名選手が優勝した階級は……。
「グレコの59kg級でしたね。(中村倫也選手とも一緒?)そのときは倫也はいなかったように思いますね(中村は2015年に出場)。その意味では、海外自体は、高校時代から遠征で行っていたので、慣れてはいますね」
──海外でのMMAの試合は初かと思いますが、現地での試合に向かう状況はいかがですか。
「水抜きするのに、お風呂で半身浴しようと思ったのですが、いざホテルについてみるとバスタブが無くてシャワーしかなくて、もう動くしかない。でもマットスペースも無くて、ミット打ちはホテルのプールサイドでやったくらいで……そういうイレギュラーなことも起きるなと思いつつ、柔軟に対応していかないといけないなという感じです」
──そういう状況でどのようにメンタルを整えていますか。
「そこはもう自分でコントロールできる部分ではないので、諦めるというか(笑)。その状況で戦うしかないです。ケージに入ったらそこはもう相手と条件は一緒なので、与えられた環境で、やるべきことをやるしかないのかなと思います」
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組んだら死ぬ気でやる。離れたら終わるつもりで
──河名選手のグレコローマンレスリングが、ケージレスリングも含めて、MMAのなかで活きて来たというのはどんな部分でしょうか。
「壁に押さえつけてから、いわゆるケージレスリングの状態でも、差して自分の得意な状況である後ろに回ったり、もしくは差して胴でクラッチを組んで、逆にケージから引きはがしてしまえば、それはレスリングと一緒だなと思うので、その状態を作れるように変化はできているかなと思います。あと、僕は専修大学にいた頃から、グレコもフリースタイルも練習してきたので、あまり足を触るということ自体にも抵抗は無くて、むしろグレコ+ケージに押さえつけての足も触るバリエーションが増えたというのがあります」
──前戦は4月の『POUND STORM』で、山本健斗デリカット選手に判定勝ちでした。クラッチして崩して、クラッチし続けてコントロールする姿に驚きました。あれはレスリング時代から腕がパンパンにならないように緩急をつけているから持つのでしょうか。
「レスリングの場合は、一度攻防が止まるとブレークがかかってもとのスタンドの状態に戻るので、ちょっと回復出来る時間があるんですけど……MMAはそこが無いので、5分ずっとやり続けなければいけない。その点では、ただクラッチを組むだけじゃなくて、クラッチの組み方にもバリエーションをつけたりします。体力的、心理的な面で言うと……組んだら死ぬ気でやる(苦笑)。離れたら終わるから離れたくない、という形がクラッチの原動力です」
【写真】上の組みだけでなく足にもダブルレッグに入る河名。
──それをやり続けられる。さきほど2016年の全日本学生選手権の小林大樹戦を拝見していたら、この展開でどう勝つのかという序盤の苦しい展開がありながら、終盤でがぶり倒して上になった。スタミナ面もレスリング時代から自信があったのでしょうか。
「そうですね……レスリングは3分2R(ピリオド・インターバル30秒)ですけど、それ全部使って、とにかく1回でもポイントが取れればいいという気持ちでやってきたのが、MMAでも生きていると思います。とにかく、自分のやりたいことを押し付けて、押し付けて、相手の気持ちが一度でも折れる音が聞こえたら、勝ちだなっていう気持ちでやってます」
──おおっ、その相手の「気持ちが折れる音」というのは、MMAでもあまり変わらないですか。
「そこは、やっぱり変わらないというか、そこに対しての嗅覚が生きているかなと思います」
──“ああ、いま背中着きそうになったな”とか身体の力や息遣いで“折れたな”と分かると。
「はい。序盤は絶対に譲ってくれなかったポジションを一瞬でも譲ってくれたら、その姿を見れたらチャンスだなと」
──それは、河名選手の試合を見る上で、とても見どころになりますね。ダメージが分かりやすい打撃のみならず、組みのなかでもそういった攻防があると。あの山本戦を経ての進化はどんなところに感じていますか。
「前回までは自分の型というのが確立されていなくて、細い木の幹に肉付けをしていくというか、自分の体幹、幹の部分を太くしていくことに注力していました。あの試合が終わってから、ひとつ自分の型というのが見えてきたので、幹も少し位ずつ太くしながら枝を少し伸ばしている感じで、自分のレスリングコントロール、プラスそれ以外の部分に目を向けてトレーニングできたかなと思います」
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『あの時、あの1秒を頑張れば良かった』という気持ちはないように試合をする
──なるほど。そんななかで、今回の相手のアライジャ・ジョンズですが、8勝2敗。サウスポー構えで、左ストレートを伸ばし、首相撲&ヒザ蹴りも強い。どちらかというと組みたい選手のように見ました。
「これまでMMAの試合でレスラーとやったことが無かったので、レスリングが出来る選手とやるとなったときの、特にスクランブルで絶対に譲らない、譲ったら負けだと思うので、レスリング勝負になったら、勝つしかないという気持ちでやります」
──相手は振って金網を背負わせてダブルレッグと下で組むことも多いです。その対策も八隅孝平ロータス世田谷代表と練ってきているでしょうか。
「もともと足を触られることに抵抗は無いので、入られたら切ってがぶってバックとか、自分のポジションが作りやすいので、触ってくれればいいなと思っています」
──河名選手の言うようにジョンズは相手によって戦い分けられる選手です。触らない場合、サウスポー構えの左の攻撃についてはいかがですか。これまでもサウスポーとは対戦していますね。
「狩野(優)選手、山本選手もサウスポーでしたし、試合に向けての練習は常にサウスポーの相手と続けてきたので、そこに対しての抵抗はあまり無いです」
──6月のグラップリングのPROGRESSでは森戸新士選手の引き込み、サブミッションの仕掛けを剥がす試合もして勝利。ここまでほぼ2カ月スパンで試合を行っています。ハイペースで試合を行う意味をどのように考えていますか。
「やっぱり、どれだけ練習をしても、実際の試合での斬るか斬られるかっていう緊張感は試合でしか味わえないものなので、その意味では試合でしか成長できない部分もあると思うので、そこを良いペースで経験できたのは良かったなと思います」
──2021年7月のプロデビューから1年1カ月。「良いペース」のなかで、UFCに繋がるLFAという舞台で戦うことになったのは、理想的な流れですね。
「半年ほど前のMMAPLANETの取材で『UFCには早くて2年半』と言っていたのですが、そのときには、まずは口に出してみようという感じで言っていたのが、いざ、こうして目の前に北米のフィダーショーがあって、自分がそこの場に立つことでだんだん現実味を帯びて来るというか、だんだん目標に近づけているんだなと感じます。ただ、戦う場所が日本から米国に変わりますけど、目の前の一戦であることは変わりないので、自分のやるべきことをやろうと思います」
──プロフィールの欄に、「人生をかけた五輪予選で負けた直後の率直な気持ちは、びっくりするくらい悔しさがありませんでした。特に何かを捨てることもなく、やりたいことを全部やっていた自分には、何かを捨てて競技に取り組む覚悟がなかったのだと気付かされました」と記されているのを見ました。いまMMAに取り組むなかで、そこに変化はありますか。
「特に私生活で自分に何かを制限することはありませんが、結局、MMAって──レスリングは試合は絶対、毎年決められた日にあって、勝とうが負けようが試合はある。MMAは勝てば次の仕事、次の試合が決まってどんどん自分の人生が変わっていくのを、自分自身が目の当たりにして経験しているので、かけているものは変わらないけれど、試合への集中力というか、さっきの『クラッチ離したら終わる』じゃないですけど、『あの時、あの10秒を頑張れば良かった』とか『あの1秒を頑張れば良かった』という気持ちはないように試合をしようと思っています」
──それは、しんどいことやるぞ、という覚悟が無いと出来ないことですね。
「はい」
──6月には『THE MATCH』が行われ、格闘技が大きな盛り上がりを見せましたが、河名選手がLFAでやることに影響は無さそうですね。
「『THE MATCH』があろうが無かろうが、今回のLFAを見る層というのは変わらないと思うので、海外MMAを見ている、そもそもMMAが好きな人っていうのが、今回も見て下さると思います。とはいえ、自分がそこに刺さるかどうかは分からないですけど(苦笑)。結局、自分は自分のできることをするしかない、そこは変わらずやろうと思います」
──河名選手は広島・三次高から専大に進んだのですよね。地元の方もABEMAの配信を通じて応援できる、その姿を見せることになりますね。
「そうですね……この試合が行われるのは日本時間の8月6日で、広島県民の僕にとって、特別な日です。自分自身が被爆3世で、おじいちゃん、おばあちゃんが広島で被爆していて、自分の祖先に限らず、広島で、植物が育たないと言われていた場所で、たくさんの人が命を繋いできたおかげで、自分がこうして好きなことをやっていられることに、あらためて感謝しています。この試合が誰かの力になるのであれば、その好きなことをやっている意味もあるんじゃないかなと思いますし、その気持ちを忘れずに戦いたいなと思います」