2022年6月19日(日)東京ドーム『THE MATCH 2022』のメインイベントで、那須川天心(TARGET/Cygames/RISE世界フェザー級王者)vs.武尊(K-1 GYM SAGAMI-ONO KREST/K-1 WORLD GPスーパー・フェザー級王者)の“世紀の一戦”が行われた。
5万6千399人の観衆によるチケット売り上げ20億円、50万件(25億円)以上のPPV購入があった同大会のトリを飾る最後の試合は、那須川が判定5-0で勝利。7年間実現が期待されてきた一戦にピリオドを打った。
前回は、武尊と親交のある松倉信太郎によるスーパーファイトの後日談を掲載したが、今回は、現WBA世界ライトフライ級スーパー王者で、那須川天心とスパーリング経験もある京口紘人(ワタナベボクシングジム)の“世紀の一戦”の感想を紹介したい。
京口は、自身のYouTubeチャンネルで「【那須川天心 VS 武尊】団体を超えた世紀の一戦を見て思ったこと...THE MATCH2022」と題して、那須川vs.武尊を、ボクサーの視点から語った。
父と祖父が主宰する空手道場で3歳の時から空手を学び、小学校6年生でボクシングジムに入門した京口。2022年6月11日には、メキシコグアダラハラのドモ・アルカルデで、WBA正規王者のエステバン・ベルムデスとWBA世界ライトフライ級王座統一戦を行い、8回24秒TKO勝ちを収め、WBA内の王座統一及び4度目の防衛に成功したばかり。完全アウェーでのTKO劇に、世界での評価を高めている。
「ボクシングではあまり団体が選手をブランディングすることはない。新規のファンを獲得するために」(※本誌2022年9月号)SNSを活用し、これまでも那須川をはじめ、朝倉兄弟ら格闘家ともマススパーリングで拳を交えている。
本誌の取材に、那須川について、「カウンターの技術がありますし、速いです。練習しているんでしょうね。パンチの技術はボクシングに近いというか、適応できると思う」と語っていた京口は、試合後のYouTubeの冒頭で、「すごい試合やったね。いい試合やったし、ひとつのドラマが見れた。いろんな感情がある」と口を開いた。
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ダウンを奪った左はベストのパンチ、並の選手ならあそこで終わっている
京口は、試合の主導権は那須川が握っていたという。
「武尊選手が体格差・フィジカルのアドバンテージを活かす戦い方をするかなと思ったんですけど、思ったよりその差を感じさせなかったし、天心が前手のジャブのフェイントを入れながらプレッシャーをかける。天心が“やりたい戦い方をのびのびとできていた“。逆に武尊選手は“やりたい動きをやろうとしていた”」と、その差を語る。
那須川だけが当てて、武尊の攻撃はもらわない。ヒット&アウェーを可能にしたのは、那須川のハンドスピードでけではないという。
「クリーンヒットは天心選手が多く、ハンドスピードというより、身体のスピード、ステップインのスピードが速かった。距離も半歩(相手より)遠い距離でしっかり前の手で当ててヒット&アウェーをしていた。武尊選手は空振りが目立った。武尊選手にとって不利な立ち上がりだった」と、序盤の展開を評した。
1Rの那須川がダウンを奪った左ストレートは「ベストのパンチ」と、京口は言う。と同時に、ダウンからすぐに立ち上がった武尊についても「並の選手ならあそこで終わっている」と賞賛した。
「(那須川のジャブは)ダメージよりも見た目。頭を跳ね上げさせたり。あの打ち方はキックボクサーだけど、どちらかと言うとボクシングに近い、リードジャブ。蹴りに繋ぐためのジャブじゃなくて、しっかりこれでポイントを取るジャブだった。その差はすごかった。武尊選手は焦る気持ちも出てきてて、そのなかで、1R終盤に強引に行ったときに、左のドンピシャの左ストレートでアゴを打ち抜いていて。あれ、凄いね。ラッキーパンチとか、たまたま打ったパンチとかじゃなくて、完全にあの瞬間のベストのパンチを出せていた。武尊選手も見えてなかったですね。何が起こったか分からない状況じゃないかな。
武尊選手もすごい覚悟で臨んでた試合だったから冷静に立ち上がったけど、効いていましたね。並の選手ならあそこで終わっているようなパンチだけど、しっかり立ち上がって。ただ、1R目は天心のラウンドだった」
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天心は技術の差を見せた
2R目、武尊がプレスを強めて、近い距離での時間が増えてくる。それでも那須川は、前手でジャブを突き、武尊のパンチをウィービングで外して、絶えず位置を変えて動いた。「そこでも技術の差を見せた」と京口は言う。
那須川はジャブから左ボディも叩くが、武尊が前蹴りを空振りしたところで左フックを打とうとした那須川にバッティングとなってしまう。試合は一時中断。互いに集中力が失われる展開だったが、那須川の集中力が途切れることはなかった。
「(バッティングで)ダメージを負ったのは天心だったし、集中切れるのはもったいないなっていう立ち上がりだった。結構ダメージあったと思う。故意じゃない偶然のバッティングだったけど、あれは天心にとっては嫌な展開だった。でも再開してからはしっかり集中力を途切れさせず、武尊選手は強引にでもペース引き戻すためにプレッシャーを強めるけど、そこでも天心のディフェンスの技術はピカいちだった。上体だけじゃなくて、足も動かしては的を絞らせず、身体の位置を入れ替えて、中間距離になるとジャブでポイントを取って、焦れる展開を取っていた。行くときは行くけど、絶対に(相手のパンチを)芯にはもらわない」
続く、那須川のクリンチを剥がす武尊の投げには「執念を感じた」という。
「2R目の武尊選手の後半の抱え込んでの倒すのも、ああでもしてもペースを引き戻すという執念を感じた。口頭注意はあったけど、天心にとってはいいリズムで戦う中断になるとイラ立ちもあると思う。武尊選手にも焦りはすごくあったと思う。そんななかで集中力を切らさなかった天心はすごかった。2R目もクリーンヒットの数は圧倒的に天心だった。ジャッジは4人がイーブン、1人は武尊選手だったけど、僕は天心が上回っていたと思う。武尊選手はそこまで体格差を活かした戦いは出来ていなかった」
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モンスター井上尚弥が君臨する場に神童が来るけど──
1、2Rまでがオープンスコで、3R開始前時点で武尊の不利は陣営にも場内に伝わっている。最終R、武尊はパンチをもらっても笑みを浮かべ、ノーガードで“来い”と手招き、リスクを冒した誘いも、那須川は動じることはなかった。
試合後、那須川は「ここで乗ったらいけないなっていう風に思いました。全部研究して、笑ったらこのパンチが来るとか。そういう対策もしていたので。笑ったらこのパンチが来るとか、笑ったらこういう動きをするって癖とかも全部やってきたので、だから落ち着いて出来たと思います」と振り返っている。
京口は、全体的に那須川の方が「1枚も2枚も上手だった」と評価する。
「武尊選手も玉砕覚悟だったけど、全体的には天心の方が1枚も2枚も上手だったかなという印象。最終3R目は少し天心の疲れも見えたけど、武尊選手がもらっても笑顔で打って来いとやっていたけど、あれも効かないわけじゃないから。そうでもして誘い込んでカウンターという、最後の切り札の玉砕の覚悟が見えた。天心は自分が勝つ道筋をイメージしていた通り、やりたいことをやっていた。武尊選手はやりたいことをしようとしていたけど、やらせてもらえなかった。天心の完勝だったけど、武尊選手も評価は落としていない。ホンマに命を賭けて戦った試合だと思う。精神的にも肉体的にもダメージはあったと思うし、少しゆっくりしてほしい」と、敗者の覚悟も讃え、労った。
この試合を最後に那須川は、キックボクシングを引退。ボクサーへと転向する。
身体の筋肉の付き方が異なるボクサーとキックボクサー。蹴りのあるキックで必要な足の太さは、ボクシングではさほど必要とされない。ボクシング転向を考え、直近の風音戦、鈴木真彦戦、志朗戦をいずれも55kgで戦い、身体を大きくしすぎないようにしていた那須川は、ボクシングでは、スーパーバンタムもしくは、バンタム級以下も視野に入っており、今回の62kgまでの戻しが許された「58kg契約」で武尊と戦うことは、“回り道”でもあった。
京口は、ボクサー那須川天心について「楽しみ」と「茨の道」と2つの言葉で期待を寄せた。
「ボクシングで天心は、55.3kgのスーパーバンタムになると思うけど、やっぱり蹴りがない、拳二つだけの世界で、世界戦は12Rあるなかで駆け引きがある、全く違う競技なので、そこでの活躍は楽しみだし、茨の道だと思う」と語り、あの“モンスター”の名前を口にした。
「井上尚弥──日本の宝、モンスターが君臨する場に来るけど、もっともっと困難な道のりになると思うけど、ほんとうに漫画の主人公みたいな感じで、総合格闘技もやって、無敗でキックボクシングを引退して、こんなの出来る格闘家はいない。“武尊に勝った那須川天心”のネームはすさまじいプレッシャーだと思うから、いちからボクシングにチャレンジするのはすごい。同じ格闘家として尊敬ですね。キャリアが楽しみだし、応援したいです」
那須川とのスパーリング後、京口は、「天心は時間軸が違う。スピードが速い選手の──例えば、電車の中から外を見た時の風景ってめっちゃ遅く感じるのと、外から見ている電車がブワーッて行くスピードってめっちゃ違うじゃないですか。天心はそんな感じ」と評している。
プロキックボクシング42勝、MMA4勝、ミックスルール1勝、その試合のすべてで負け無しの那須川は試合後、武尊と戦い終わってどんな存在だったかを問われ、「悟空とルフィでしたね。同じ世界に存在しなかったわけですから。違う世界の主人公同士というか、そういう戦いだったのかな」と語っている。
これから那須川はボクシングという世界で、新たな主人公との戦いを挑むだろう。そこでも“神童”は異次元の戦いを見せることができるか。