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UFC王者となったプロハースカがRIZINで得た武士道「今、この瞬間に在ること、リアルな時間を生きること」

2022/06/13 20:06
「タップしたのか!? よもや、よもやだ!(No way, No way!)」  メインイベントのライトヘビー級選手権試合での最終5R、元RIZINライトヘビー級王者のイリー・プロハースカ(チェコ)が、UFC同級世界王者グローバー・テイシェイラ(ブラジル)からリアネイキドチョークでタップを奪った瞬間、ダナ・ホワイトUFC代表は、思わずこう叫んだ。  2022年6月11日(日本時間12日)、シンガポール・インドア・スタジアムにて『UFC275』が開催され、テイシェイラとプロハースカは、5ラウンドに渡り、どちらがフィニッシュしてもおかしくないシーソーゲームの激闘を繰り広げた。  プロハースカが跳びヒザ蹴りやアッパーを突き上げれば、テイシェイラもテイクダウンからマウントを奪い、パウンドするなど、互いに「死闘」と呼ぶに相応しい展開。  最終ラウンドにマウントを奪ったテイシェイラは、パウンド。勝利を決定づけるポジションを取ったかに見えたが、プロハースカはケージを蹴って上に。亀になるテイシェイラに背後からパウンドし、リアネイキドチョークへ! 真後ろから両足をかける形ではなく、サイドバックのまま首を絞めると、テイシェイラがタップ。UFCライトヘビー級王座が移動した。  テイシェイラは、2021年10月にヤン・ブラホヴィッチをリアネイキドチョークで降し、ランディ・クートゥアーのUFC史上最年長王座獲得記録(43歳)に次ぐ42歳で王座を獲得。今回が初防衛戦だった。  29歳のプロハースカは、RIZINからUFCに参戦し、ヴォルカン・オーズデミア、ドミニク・レイエスを2連続KOで降し、わずか3戦目でタイトルショットに臨んでいた。  プロハースカの劇的な一本勝ちまでのジャッジスコアは、2者が1、2、4Rをテイシェイラのラウンドと支持。プロハースカは3Rを3者が支持し、4Rも1者が挑戦者のラウンドとしていたものの、5Rもフィニッシュ直前まではテイシェイラが攻勢で、そのまま判定になればテイシェイラの王座防衛が濃厚な展開だった。 [nextpage] ただ生き延びるのではなく「ハンター」じゃないといけないのに  史上初のRIZIN&UFCの2団体制覇を達成したプロハースカは、試合後、「こんな試合はありません。だからこそいい気分です。何も考えずに試合をしました。もっともっと強くなって帰ってきます。1Rでも、5Rでも、どこでフィニッシュが来ても構わないと思いました。アメイジングです、ほんとうに嬉しいです。しかし試合ではしっかり終わらせるセットアップが出来ないところがあり悔しいです。死闘でした。テイシェイラは真のチャンピオンです」と戴冠の喜びと、追い込まれた悔しさを吐露。ケージ内でインタビューしたダニエル・コーミエーの「チャンピオン」のコールに、胸に手を当てた。  一方、最終ラウンドで敗れたテイシェイラは、「彼はグラウンドでも強かった。刀と刀のような戦いだった。言い訳はない。正直、彼の打撃もあんなに強く当たっていたし、すごいと思った。自分も全力は尽くしたと思っている。42歳のような戦いだった?(コーミエーが「出来るよ」と回答)まだまだ戦うよ」と充実した表情で語った。  試合後の会見でも、プロハースカは反省しきりだった。 「自分にとっては最悪の試合で、最悪のパフォーマンスだった。皆さんも見たと思う。正直に言って、自分は何度か追い込まれ、ギリギリ生き延びただけだった。ゲームプランは……クソッ、プランじゃない、私のやり方はただ生き延びるのではなく、試合で相手をドミネートすることだ。“ハンター”じゃないといけないのに……」と、『HUNTER×HUNTER』のネテロ会長を敬愛する新王者は、唇を噛んだ。  退場時にプロハースカは、元王者のヤン・ブラホヴィッチと言葉をかわしている。初防衛戦の相手は誰になるか。 「次の相手はヤンになると思う。彼を倒すキーは既に掴んでいるから、彼と戦うならヨーロッパ大会がいいだろう。ポーランドとチェコの間で」と、かつてブラホヴィッチが提案した“チェシンの戦い”(※第一次世界大戦後の1920年にポーランドとチェコスロバキアに分割された街)に意欲を示した。  一方で、死闘を繰り広げたテイシェイラとの再戦も否定はしていない。プロハースカにとって、重要なのは、今回の試合で露呈した課題を克服し、成長を遂げることだ。 「グローバーでもヤンでも構わない。僕にとってはどうでもいいことなんだ。次の試合では、別のファイターになると誓うよ。今回は良いパフォーマンスではなかったから」 [nextpage] タップ疑惑をレフェリーは否定  4Rには、テイシェイラのテイクダウンに背中を着かされ、肩固めをセットアップされそうになった。しかし、プロハースカは、親指を上げて“大丈夫”と意思表示。下からテイシェイラの頭や背中を平手で叩き、自身を鼓舞した。  その仕草が「タップではないか」と取り沙汰されたが、レフェリーのマーク・ゴダードは、「イリーは試合中に実際に相手を祝福し励ましたりしていた。それを何回かしていたから、“そのやり方は危ない”と注意したんだ(苦笑)。でも彼が意図していた事は明確に分かっていた。2人の紳士たちの信じられないほどの偉業を祝おうじゃないか」と、タップ疑惑を否定している。  プロハースカは、かつてRIZINでキング・モーを相手に12試合ぶりの敗戦を喫したことで、大きな教訓を得たことを、本誌に語っている。  その教訓とは、「今、この瞬間に在ること(to be in the present moment)」。 「“この瞬間にある”とは、敵に対してただ反応するということだ。相手が何をしてくるだろうかとか、余計なことを考えたりせずに。モーとの最初の試合では、僕はサンドバッグやパッドに打ち込むように打撃を繰り出してしまったんだ。僕はあの時、ただ自動的に動いていただけなんだ。リアルな時間の中で動いていたのではなくてね。それこそが僕があの試合で得た一番の教訓さ。できる限り“リアルな時間を生きなくてはならない”」  まるで、古の侍のごとき戦いの哲学。プロハースカは、自宅の神棚や刀、『雷』の文字を紹介しながら、その意味を語ってくれた。 「RIZINで戦っていた時もよく言っていたけど、僕が行くのはサムライの道だ。我々の国にもかつて騎士達がいた。東西問わず、偉大な戦士達は、人生についても価値のある考えを残したんだ。その中でも僕は特にサムライの、武士道の道徳規範に魅せられている。  RIZINでの時間が、僕に戦いの作法の基礎を作ってくれた。つまり、死を念頭において、全てを試合に注ぎ込むことだ。単に試合に勝つための戦略に凝り固まるのではなくてね」  RIZINでの苦い敗戦を経て、UFCでの死闘をサバイブしたプロハースカ。その戦いは、ベルトを得て、さらに深化していくことだろう。
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