2022年1月22日(日本時間23日)、米国カリフォルニア州アナハイムのホンダ・センターにて『UFC270』が開催された。
メインイベントでは「UFC世界ヘビー級王座統一戦」として、正規王者フランシス・ガヌー(カメルーン)と、暫定王者シリル・ガーヌ(フランス)が対戦した。
ガヌーは2021年3月に前王者のスティぺ・ミオシッチをKOで下し新王者に。UFCが希望する防衛戦のタイミングが合わないなか、その間にガーヌが暫定王者に。かつてガヌーとガーヌは、フランス名門ジムのMMAファクトリーで共に汗を流していた元同門でもある。 試合の序盤はガーヌがムエタイのヒジ、ヒザ、後ろ廻し蹴りなどで先制、長めの距離でガヌーの組みをカットしていったが、3R以降は、ガヌーがその蹴り足を掴んで豪快にテイクダウンを奪うなど組みで反撃。寝かされたガーヌが削られ、判定3-0(48-47×2、49-46)でフランシス・ガヌーが統一王者となった。
試合後、「ガーヌがタフな相手であることは分かっていたけど、最後まで持ちこたえたことに驚いている。でも、自分が何をすべきかは分かっていた。落ち着いて、自分を信じて戦った。信じられないような旅路だった。3週間前にヒザを痛めた(※膝内側側副靱帯、前十字靭帯損傷を負傷)けど、この戦いから退くことは考えられなかった。自分が王者であることを人々に思い出させなければならなかったから」と、フルラウンドに渡る王座統一戦の勝利を振り返った。
見事“神の階級”でキング・オブ・キングスとなったガヌーだが、判定コールでその右手が挙げられたとき、その腰にベルトを巻いたのは、ダナ・ホワイトUFC代表ではなかった。
お金のことだけじゃない。フェアじゃない気がする(ガヌー)
ガヌーとUFCの間には確執があるとされる。その一つは条件面で、マネージメント会社を通じて、両者の交渉は難航してきた。
2021年3月にスティーペ・ミオシッチを2R 左フックでKOに下し、約3年2カ月越しのリベンジを果たすと共にカメルーン人史上初となる王座獲得に成功したガヌーだが、8月の防衛戦を「インターバルが短すぎる」と拒否。
タイトルマッチが組めなかったUFCは、ヘビー級暫定王座決定戦を制定し、デリック・ルイスに勝利したシリル・ガーヌを暫定王者とするなど、ガヌーとの足並みが揃っていないことは明白だった。
現在、UFCはエンデバーがオーナーとして主催(※2016年にUFCをスポーツ史上最高の買収額となる40億2500万ドルで買収)されており、ガヌーが所属するマネージメント事務所のクリエーティブ・アーティスト・エージェンシー(CAA)とは、ライバル関係にあるとされる。
CAAはエンゼルスの大谷翔平の代理人も務めており、ガヌーと大谷の対面は、同じマネージメント間でのコラボレーションでもあった。
CAAは元WME(ウィリアム・モリス・エンデヴァー・エンターテイメント)の社員が独立して作り上げた大手代理人事務所で、ガヌーのマネージャーは、元UFCスタッフのマーケル・マーティンだ。
今回の試合前に、ダナ代表はガヌーとマーティンと話し合った結果、事態はポジティブな方向へと転じているとしたが、ESPNの取材にガヌーは、「UFC270」後の契約状況はまだ宙に浮いたままであることを語っている。
実際に、今回のガーヌ戦の勝利後の会見でガヌーは、今回の王座統一戦が、現在のUFC契約下での最後の試合となることを認めながらも、チャンピオンクローズ(※チャンピオンになった時に発生する契約期間や試合数の延長)契約のため、チャンピオンであり続けるためには、UFCであと3試合もしくは1年契約が延長される条項があるのだと明かしている。
「ダナがなぜ自分にベルトを巻かなかったのがは知らない。ここ(会見)になぜいないのかも知らない。この会社にいて待遇は何も変わっていない。単純にお金のことだけじゃないんだ。もちろんお金もそうだけど、契約条件にも納得がいっていない。フェアじゃない気がする。自分が自由ではないという不安にかられるし、いい扱いを受けてきたとは思えない。このような(王者の)立場になり、このようなことを言わなければならないのは不幸なことだ。誰にでも、最低限の主張する権利はあるだろう。自分にとってベストなものを要求する権利があるはずだと思う。結局のところ、俺たちはこの仕事のために多くを捧げ、身体を酷使しているのだから、公平で公正な取引ができるようにならなければいけない」
ヘビー級統一王者となったガヌーは、ダナ代表が欠席した会見でなおも語った。
「そうだな、すごい長い時間が経って、いまこの時点では自分の気持ちなんてどうでもいい。この間、いろんな感情を抱いてきた。この1年、UFCに残る意思表明をしてきた。『UFCに残りたいし、尊敬されるだけの契約をしたい』と表明している。この位置にいるのは、ある時点で俺が尊敬されていなかったからだと思う。ダナは力を持つポジションにいる。あの契約を成立させるのに、もっとうまくできたはずなのに、強い姿勢を貫き、みんなをイライラさせ、俺をイライラさせ、物事をやりたくないと思わせたんだ。俺は“このスポーツが面白いから入った”のであって“このスポーツを夢見て育った”わけじゃない。となると、“もう面白くない”というところまで来て、悔しい思いをする。ちょっと心が乱れるんだ。でも、集中力を切らさず、スポーツのことだけを考えて、ベストを尽くすのは得意だったからそうしたんだ」
「尊敬されていない」と感じるのは、ファイトマネーに対する不満もあるようだ。
[nextpage]
もう50万ドル、60万ドルでは戦わない(ガヌー)
土曜日の夜、アナハイムでの「UFC270」には22選手が出場した。カリフォルニア州アスレチックコミッションが公開したファイトマネーの合計は200万ドル弱。
ヘビー級統一王者となったガヌーが60万ドル(約6千8百万円)、挑戦者のガーヌが50万ドル(約5千6百万円)であったことや、22人のファイターのうち約半数の基本給(※ボーナスを含まず)が2万ドル(約227万円)以下だったことは、多くのファンの関心を呼んでいる。
「もう50万ドル、60万ドルでは戦わない」と明言しているガヌーが、望んでいるのは、ボクシングとMMAのクロスオーバーの契約だ。
2021年6月に、元ボクシング世界5階級制覇王者のフロイド・メイウェザーと人気YouTuberのローガン・ポールが、ボクシングのエキシビションマッチで対戦した際、メイウェザーは1千万ドル(約11億3500万円)+有料配信収入の50%で約55億円から110億円の報酬を得て、ポールは25万ドル+有料配信収入の10%で、総額約2,000万ドル(約23億円)の報酬を得ると報道されている。
カメルーンでボクシングジムに通い、王者を夢見てフランスに出てきたガヌーは、WBCヘビー級王者のタイソン・フューリーや元王者デオンテイ・ワイルダーとの対戦を望んでいるが、UFCはコナー・マクレガー対フロイド・メイウェザー級のメガファイトが実現しない限り、UFC契約下のファイターがボクシングリングに上がることを許可しない方向にある。
ガヌーはUFCとの王者契約の1年間の延長をただ傍観して過ごすことに対して「どうなるか分からない」と否定的だ。「過去3年間、俺は3回戦っている。1年に1回だ。別に変なことじゃないだろう。何も不満はないし、自分の決断に平静を保っている。すべてがうまくいくといいんだけど。
何が起きたとしても今夜の自分自身と周りの友人たちには誇りを持っている。遠いところから来て、自分の道を築き上げた。それはこの戦いの内容がどうであったかとは別の話しだ。決して諦めず、一歩も退かず、全力を尽くしている自分を誇りに思う」と語っている。
カリフォルニア州でのナンバーシリーズ大会により、あらためて注目されたUFCのファイトマネー。MMA界最大のプロモーションは、毎大会、世界中から強豪ファイターとその陣営を招聘し、1大会で10試合以上ものカードを組んでおり、そのどれもがPPVで売れるわけでもない。
MLB、NPB、欧州サッカーなどでも契約金・年俸の高騰が問題視されるなか、年俸総額を毎年リーグ全体の収入に基づいて上限金額を調整し規定するサラリーキャップも選手会も存在しない格闘技プロモーションが、いかに収支のバランスを取るか。UFC世界ヘビー級王者の次戦とともに注目される。
[nextpage]
UFC 270: N'Gannou vs. Gane 試合展開
▼UFC世界ヘビー級王座統一戦 5分5R〇フランシス・ガヌー(カメルーン)257lbs/116.57kg ※正規王者 17勝3敗(UFC12勝2敗・UFC5連勝5KO)×シリル・ガーヌ(フランス)247lbs/112.04kg ※暫定王者 10勝1敗(UFC7勝1敗)
1R、ともにオーソドックス構えから。先に詰めるガヌー。金網背にダブルレッグに入るガーヌは反対側のケージまでドライブもガナーは金網背に突き放す。
逆に詰めて左で差して組むガヌー。体を入れ替えるガーヌにヒザ・ヒジを至近距離で突くガヌー。右ボディストレートを効かせるガヌー! 頭にガードを固め、思わずくの字になるガーヌは後ろ蹴りで応戦。
詰めるガーヌに左で差して組むガヌー。四つの展開で体を入れ替えるガーヌ。右で差して押し込んで左ヒザ、右バックフジを突く。押し返すガヌーにガーヌは左の蹴り。
2R、互いに慎重な展開のなか、徐々にガーヌの蹴りの距離に。ガーヌはジャブも突く。詰めて組むガヌーだが、1Rで力を使ったか、粘れず。すぐに突き放すガーヌ。右の後ろ廻し蹴りがガヌーの側頭部をかすめる。遠間からサウスポー構えにスイッチし右ジャブ、さらにオーソから右を振り出入りのガーヌは左ミドルも。
3R、距離を取り、半身で低い手の位置に構え、細かいステップはガーヌ。しかし、一気に詰めたガヌーは、ガーヌの右の高い前蹴りの打ち終わりを掴んで持ち上げて豪快にテイクダウン! 亀から正対しシングルレッグで立ち上がるガーヌ! 金網背に左で小手に巻き崩すガヌーも、すぐに立ち上がるガーヌが右で差して金網に押し込む。左で小手に巻くガヌーに。大きな右を遠間から振るガヌーに、後ろ廻し蹴りを見せるガーヌ。
シングルレッグテイクダウンのガヌーに、引き込む形で下からストレートアームバー、キムラ狙いのガーヌが、尻まで上半身金網に立ててブザー。
4R、チャンピオンシップラウンド。右ローを打つガーヌ。サウスポー構えで右回り。追うガヌーは右ボディストレートも単発。ガーヌは右ジャブ、さらに右の後ろ蹴り! 追いかけるガーヌに左前蹴り。
詰めるガヌーはボディロックに持ち込みテイクダウン! 立ち上がるガーヌになおもボディロックで崩して、その立ち際にガヌーは胸にヒザ! 上半身を立てるガーヌに上から圧力をかける。
5R、サウスポー構えで遠間から飛び込みヒジを見せるガーヌ。さらにジャブ、ガヌーが前に出て来たところにダブルレッグテイクダウンはガーヌ! 足を戻すガヌーに、ストレートフットロックはガーヌ。立ち上がるガヌーになおも外ヒールを極めに行くが、ここもヒザを抜いたガヌーが上に。その首を捕えに行くガーヌだが、ハーフで片足を抜いているガヌーは首を抜き上に。ガーヌを立たせないガヌー。タイムアップ。
判定は3-0(48-47×2、49-46)で、後半にテイクダウン狙いを決めたガヌーが王座防衛に成功するとともにヘビー級王座を統一した。ガーヌはMMA初黒星。