29戦29勝、無敗のまま引退したダゲスタン共和国出身の元UFC世界ライト級王者ハビブ・ヌルマゴメドフが、7月31日(日本時間8月1日)の「Bellator 263: Pitbull vs. McKee」で、コーチとして3勝を挙げ、2021年の戦績を7勝0敗とし、早くも「コーチ・オブ・ザ・イヤー」の候補となっている。
民族レスリングをバックボーンに強者を生み出すダゲスタンとは、そして北米西海岸AKAや東海岸のMMAと、いかに融合を果たしているのか。
この日、ハビブのチームで「Bellator 263」で勝利したのは、ウスマン・ヌルマゴメドフ(13勝無敗)、イスラム・マメドフ(20勝1敗1分)、ガジヒ・ラバダノフ(16勝4敗2分)の3選手。
ハビブの従兄弟ウスマンは得意の打撃のみならず、テイクダウンや組みからのヒザ蹴りでマニー・ムロを1R TKO。
ラバダノフはLFAからBellator入りしたダニエル・キャリーの右ローにカウンターの左フック&パウンドで1R TKO勝ち。
また、マメドフは元Bellator世界ライト級王者のブレント・プリマスのミッションコントロールを凌ぎ、スプリット判定で価値ある白星を掴んでいる。
さらに同大会では、UFCフェザー級で6連勝中のザビット・マゴメドシャリポフ(18勝1敗)の実弟ハサン・マゴメドシャリポフ(6勝無敗)もBellatorデビュー戦で勝利を挙げており、あらためてダゲスタン勢の存在感を示す形となった。
(C)Zuffa LLC
これ以前にも、ハビブのチームでは、ウスマンの兄ウマル・ヌルマゴメドフ(13勝無敗)が、1月のUFCでセルゲイ・モロゾフにリアネイキドチョークで一本勝ち。
(C)Zuffa LLC
ハビブの幼馴染で長年のトレーニングパートナーであるイスラム・マカチェフ(20勝1敗)が、3月のUFCでドリュー・ドーバーに3R 肩固めで勝利。続く7月のUFCでもティアゴ・モイゼスに4R リアネイキドチョークで一本勝ち。10月30日のUFC267では、ハファエル・ドス・アンジョスとの試合が決定している。
(C)Zuffa LLC
そして、ハビブの従兄弟アブバカル・ヌルマゴメドフ(16勝3敗)は、2021年3月のUFC260でジャレッド・グッデンに判定勝ちしている。
引退後、ロシアのゴリラFCを買収し、イーグルFCと名付け、プロモーターとしてロシア系ファイターを育成し、メジャー団体に送り込んでいるハビブは、2021年、チームとしてすでに7勝0敗の戦績を残したことになる。
次々と頭角を現す、カフカス山脈のダゲスタンファイターとはどんなバックボーンを持ち、なぜこれほど強さを発揮できているのか。
[nextpage]
レスリングが「人生の一部」のダゲスタン戦士たち
「ダゲスタン人」とひとくくりに呼ばれるハビブチームの面々だが、実はカフカスの様々な民族をルーツに持つ。
「山の国」を意味するダゲスタン共和国には合わせて102の民族が暮らしているとされ、約300万人の人口のうち、一番多いのがアヴァール人で、次いでダルギン人、クムイク人、レズギン人、ロシア人、ラク人となる。ほかにもアグール人、ルトゥル人、タバサラン人、ツァフル人、ノガイ人らが生活をともにしている。
それぞれの集落には独自の言葉と伝統と民族気質があるが、共通の敵が彼らを結束させた。
シルク・ロードが通る同地は侵略の歴史を持つ。トルコやペルシャ、中国、モンゴル帝国、ロシアなどの侵略から、ダゲスタンの各民族は独立を守るために戦ってきた。
血気盛んな戦闘民族を束ねるのは、武術への愛だ。
同地で「人生の一部」と言われるレスリングは、自警団をルーツとしており、北カフカス全体で盛んで、ダゲスタンに暮らすどの民族にも独自のレスリング文化がある、という。
さらに、散打、ムエタイ、柔道、柔術、サンボ、ボクシング、武術太極拳、グラップリング、MMAと、ダゲスタンではコンバットスポーツに関連する多くの武術が親しまれている。
「格闘がすべてを決する」とは、ダゲスタンの言葉だ。同地には、格闘技に取り組む優秀な若者を惜しみなくサポートする文化もある。
ハビブの亡き父アブドゥルマナプ・ヌルマゴメドフが起ち上げたジムに加え、アリ・アリエフ(ダゲスタン初のレスリング世界王者。1959年、61年、62年、66&67年金メダル)ジム、サドラエフ・ジム、ガジ・マハチェフジム、ジナモ、ウロジャイ、ゴレツ・クラブなど著名なジムが各地に点在している。
ダゲスタン戦士が集まるダグファイタージム所属のザビット&ハサン・マゴメドシャリポフ兄弟、Bellatorバンタム級3位のマゴメド・マゴメドフ(18勝1敗)は、少年時代からダゲスタンの山々に囲まれた武術寄宿学校「パエ・ストロン・スヴェタ(世界の五方位)」に住み込み、レスリングをはじめ、ウーシュー散打やテコンドーの鍛錬を積んできた。両者は、UFC初のチベットファイター、ス・ムダルジ(エンボーファイトクラブ出身)の育成にも関わっている。
幼少時から武術に親しむ彼らから、才能ある者はジムに残り、故郷で結果を出せない選手は、他国に引き抜かれることもあるという。マハチカラの戦士たちは、ある種の「輸出品」としても成功を収めているともいえる。
2002年からは共和国政府の支援制度が始まり、オリンピック選手養成所もオープン。特殊な設備を備えた施設で、4千メートルを超えるピークを抱くコーカサス山脈での高地トレーニングを行うことで、スタミナにも強い選手を育成している。
ちなみに東京五輪では、2016年リオ五輪86kg級を制したダゲスタンのアブデュラシド・サデュラエフが階級を上げて97kg級にエントリー。ライバルの米国のカイル・スナイダー(※サデュラエフと1勝1敗)、同じダゲスタン出身で国籍をアゼルバイジャンに変えて2012年ロンドン五輪84kg級を制したシャリフ・シャリホフの3王者の戦い(8月6日~7日)も話題となっている。
MMAでは、近隣諸国チェチェン出身のカムザット・チマエフ(9勝無敗)、ジョージア出身のメラブ・ドヴァリシヴィリ(13勝4敗)やアルマン・ツァルキャン(16勝2敗)、アゼルバイジャンのトフィック・ムサエフ(18勝4敗)、ヴガール・ケラモフ(15勝4敗)らが活躍していることにも注目したい。
[nextpage]
ハビブ「話すことは誰にでも出来るけど、行動出来る人は限られる」
格闘王国ダゲスタンで育ち、UFCでパウンド・フォー・パウンドとして語り継がれるようになったハビブ・ヌルマゴメドフは、コーチとしての成功にもかかわらず、フルタイムのプロコーチとしての地位を求めていない、という。
引退後のインタビュー動画では、「プロのコーチになるつもりはありません。しかし、“兄弟”が戦うとき、私はオクタゴンでの経験が豊富なので、良いアドバイスができると思います。彼らの長所と短所、対戦相手との相性などを知っているから。ただのコーチになるのではなく、もっといろいろなことができると思っています」と語っている。
その後、コナー・マクレガーと同じように、億万長者としてプライベートジェットでの移動もこなすようになったヌルマゴメドフだが、格闘技への情熱は失われていない。
かつての父のように母国で選手を育成し、北米での試合前には、父のように慕うハビア・メンデスのAKA(アメリカン・キックボクシング・アカデミー)で、後輩たちを叱咤し、トレーニングする姿が見られている。同じようにマゴメドシャリポフ兄弟も、ヒカルド・アルメイダを通してマーク・ヘンリーからボクシングを習い、自身のMMAを構築している。
ダゲスタンで培ったフリースタイルレスリングを軸に、AKAで習得した打撃やブラジリアン柔術を融合させ、強豪たちを退けてきたハビブ・ヌルマゴメドフ。スクランブルが主流になったMMAで相手を立たせずコントロールし、フィニッシュしていたハビブのように、“ダゲスタンの戦士たちは、外と交わることでより強さを増してきた。
【写真】前列にハビア・メンデスAKA代表、マーク・ヘンリー、後列にハビブの姿が見える。
Bellatorで、ウスマン・ヌルマゴメドフ、イスラム・マメドフ、ガジヒ・ラバダノフ、ハサン・マゴメドシャリポフたちが勝利した日、チームでひとつの写真に収まったハビブは、「みんな、僕らの夜だった」とコメント。
そして、AKAでの写真をバックに、「言葉よりも行動を。何かを証明しようとしたり、言葉で説明しようとしたりするのではなく、メッセージがあるならば、行動すること。話すことは誰にでも出来るけど、行動出来る人は限られる」と記している。
日曜日の試合後、ダゲスタンファイターたちは、10月23日のBellator初のロシア大会への参戦を希望しているという。