2021年6月12日(日本時間13日)、米国アリゾナ州グレンデールのヒラ・リバー・アリーナで『UFC 263』が開催され、メキシコ人史上初のUFC世界王者が誕生した。
ブランドン・モレノはメキシコのバハ・カリフォルニア州ティフアナ出身。2011年にメキシコでプロ総合格闘技(MMA)デビューを果たした。
2016年7月に、世界各国からフライ級王者が集められた『The Ultimate Fighter』シーズン24にWFF王者として参加。扇久保博正と同部屋で切磋琢磨するも、1回戦でアレッシャンドリ・パントージャに判定負けした。
2016年10月、UFC初参戦でルイス・スモルカと対戦。試合前のオッズでは圧倒的不利も下馬評を覆してギロチンチョークで1R一本勝ち。しかし、2018年5月に再びパントージャに判定負けし、2連敗でUFCからリリースされていた。
ここでモレノはUFC再挑戦を諦めず、2019年6月にLFAフライ級王座を獲得し、2019年9月にUFC復帰を果たすとアスカル・アスカロフとドロー。2020年12月には、UFC世界フライ級タイトルマッチで王者デイブソン・フィゲイレードに挑戦。驚異的な粘りを見せ、テイクダウンを奪うなど善戦したものの0-1の判定ドローで王座獲得に失敗した。
ダナ・ホワイト代表が「フライ級史上最高の試合」と称賛した前戦を経て、2021年6月、UFC 263のUFC世界フライ級タイトルマッチで王者デイブソン・フィゲイレードとダイレクトリマッチ。1Rから左ジャブでダウンを奪うなど攻勢に立つと、3Rにリアネイキドチョークで一本勝ち。メキシコ人史上初となる王座獲得に成功した。
◆UFC世界王者(※2021年6月18日現在)
ヘビー級(-120.2kg)フランシス・ガヌー(カメルーン)
ライトヘビー級(-93.0kg)ヤン・ブラホヴィッチ(ポーランド)
ミドル級(-83.9kg)イスラエル・アデサニヤ(ナイジェリア)
ウェルター級(-77.1kg)カマル・ウスマン(ナイジェリア)
ライト級(-70.3kg)シャーウス・オリヴェイラ(ブラジル)
フェザー級(-65.8kg)アレクサンダー・ヴォルカノフスキー(豪州)
バンタム級(-61.2kg)アルジャメイン・スターリング(ジャマイカ)
フライ級(-56.7kg)ブランドン・モレノ(メキシコ)
女子フェザー級(-65.8kg)アマンダ・ヌネス(ブラジル)
女子バンタム級(-61.2kg)アマンダ・ヌネス(ブラジル)
女子フライ級(-56.7kg)ヴァレンティーナ・シェフチェンコ(キルギス)
女子ストロー級(-52.2kg)ローズ・ナマユナス(米国)
UFCデビュー当時は、トレーニングの合間に家族でピニャータ(お菓子やおもちゃなどを詰めた紙製のくす玉人形)を作っていたモレノは、ヒーローは「家族とロッキー・バルボア」だという。
2014年にUFCメキシコ大会が開催されてから、MMAのレベルが一気に上がったという同地で練習し、オクタゴンデビューを果たすも、いったんはリリースされていたモレノは言う。
「とてもしんどいよ。でも、本当に実現したいならやり続けることだ。諦めないで」と。試合後の会見での一問一答は下記の通りだ。
[nextpage]
ヴェラスケスが2014年にUFCをメキシコに持ってきてくれた。それはすごいことだったんだよ!
──ついにUFC世界王者になりました。
「信じられない。すごくスペシャルで。僕はいつもだったらみんなとジョークを言ってふざけあったりできるのに、今日はもう涙が出ちゃって。このベルトのためにすごくすごく頑張ってきて、プロになって10年、このスポーツを始めて15年、この瞬間っていうのはもう、すごく特別なものだよ」
──フェニックスで、観客の前での戴冠でした。
「アリーナ中に観客がいて、こんなにたくさんの人がいて……。メキシコの人もたくさんいたし、アリゾナのフェニックスにはラテン系の人が多い。ここでは前にも試合したことがあって、UFCに来る前だけどね。だから、アリゾナの人たちは俺のことを知っていてくれるし、当然、心の中でアリゾナは特別な場所だ。最高の旅路だったよ。妻にとってもそうだと思う。かなり若いときからの付き合いで、その頃に始めたことだから。彼女に出会ったとき、俺には何もなかった。それでも一緒にいてくれて、ともに成長し、一緒にこの旅路を歩いてきてくれた。みんなにとって本当に特別なものになるよ」
──6カ月間のトレーニングキャンプだったとのことで、どのようにこの試合にアジャストし、変化をしてきたのでしょうか。
「自分自身についての多くを学び、多くの技術的な問題、ボクシングやムエタイ……とにかくたくさん練習して、たくさん頭で考えて、まさしく全然異なる素材へと自分を作り替えた。6カ月だよ、このトレーニングキャンプはすっごく長かった。2年、3年分くらいあって、でもそんなこと関係なかった。だって、とにかくこのベルトが欲しくて、だから、正直今感じていることを言葉に表すのはすごく難しい」
──再戦だった対戦相手のフィゲイレードをどう感じましたか。
「会見の時、彼は別人みたいだったんだ。サングラスをしたままで僕の目は見たくないっていう感じで、計量後のフェイスオフがああいう感じだったけど、僕は自信があった。技術を磨いてきたし、しっかりとよいゲームプランを立ててきたから。やっぱりしっかりとした自信をもったマインドセット、これが勝利の鍵だと思う。
1Rで彼がグラウンドに来たときは、自分はしっかりと落ち着いて、丁寧にポジションをキープするようにしていた。彼のパワーの強さは前の試合で分かっていたし。コーナーは僕に、しっかりと落ち着いて、ドミネーションし続けるようにと伝えてくれていた。
彼は体重を落としすぎているのではないか、その必要はないと思う。このスポーツは厳しいもので、減量をした上で試合で優位に立って、より強いという風に振る舞いたいし、対戦相手よりエネルギッシュでありたいものだけど、フィゲイレードが計量のとき最後の数分泣いたりしてすごい大変で、そんな必要はないというか、この階級じゃないんじゃないかって。彼のことは好きだから申し訳ないけど、そう思うよ。
試合の後で、彼が言葉をかけてくれたけど、ポルトガル語だったから実は内容は分からないんだ(笑)。彼はすごく敬意を持った人なのに、自分の試合に特別な色を出そうとしていて、イケてる奴って感じでやるんだけど、そううまくはいかないよ。僕のマインドセットは全然別のところにあった。彼は僕と同じように家族がいて、奥さんがいて、お嬢さんがいるだろう。超イイ奴に決まってる。彼はちょっとヤベえヤツ感を出そうとしすぎだよ! そんなことする必要ない。彼はリスペクトフルな男だよ。だから最終的にはすごく感謝をしている」
──最後はあなたが得意とするマタレオン──素晴らしいリアネイキドチョークでの一本勝ちでした。
「柔術は僕にとっていつも勝利の鍵。僕がこの競技を始めた頃、勝てるようになってからというもの、常に柔術が勝利にとってのキーだった。リアネイキドチョーク、トライアングル、ギロチン……僕としては打撃も出来ることを証明したくてストライキングを強化し始めてからも、常に柔術がそこにあって、勝利の花道に寄り添っていてくれたんだ」
──歴史的な、初のメキシカン・ボーン・チャンピオンになった意味を教えてください。
「それこそが僕のプリンシパル・ゴールのひとつだった。ケイン・ベヴェラスケスや、ヘンリー・セフードのように敬意を払ってもらえるようにならなくては。(メキシコ系アメリカ人の)ヴェラスケスが2014年にUFCをメキシコに持ってきてくれて(※ヴェラスケスは負傷欠場)、それはもうすごいことだったんだよ! メキシコのMMAのレベルが飛躍的に向上した。それで今や、僕のようなティファナ出身の、ティファナの学校を出て、ろくな機会もなくって、くそみたいなガバメントで、大きな会社は全然スポーツをサポートもしてくれず、とにかくメキシコの格闘技界にとってはこのベルトを僕が獲得したことにはすごく意味があって、素晴らしいことなんだ」
──戴冠、あらためておめでとうございます。まずは誰とのタイトル防衛戦になるでしょうか。
「このトレーニングキャンプは長すぎた。6カ月間の準備でゲームプランを立て、ジムに行ってドリルを打ち込んで。だから、休暇が必要だ。だからどこかへと旅に出るでもよいし、休みをとりたいと思う。前戦のあとから、家族とクリスマスを楽しみたいと思っても、一方で自分の心は戦いのなかにあって、再戦がすぐに組まれることも決まったし、いつもフィゲイレードの姿がチラついていた。
誰かの名前を言おうと思ったら……どうだろう、彼がこの階級にくるならコーディー・ガーブラントとやりたいと思ったりもしたけど、彼は最近敗戦したし。フィゲイレードとのトリロジー(三部作)の可能性もあると思うけど、そんなに今日は接戦ではなかったからね。とりあえずは家に帰って、(戦いを)パンって蓋を閉めて殻に閉じ込めて、家族と一緒に楽しく過ごそうって思っているよ」
──カメルーン人史上初のUFC世界王者フランシス・ガヌーとの2ショットがアップされていましたね。
「夢が叶ったよ。すっごいファンなんだ。フランシス・ガヌーが『おめでとう、写真撮ろう』とか、ジャスティン・ゲイジーが『写真撮らないか?』とか、僕は彼らと写真を撮りたかった人間で、だから夢が叶った、すごくみんなに感謝しているし、すごく嬉しいよ。メディアデーで、オーストラリアとかインドからも取材受けたりして、すごいことだよ! 世界の人が応援してくれて、リアネイキドチョークで興奮してくれるなんて」
──この試合は勝てると確信がありましたか。
「まず、僕は精神的にすごく強くなってた。すごく辛い時間が人生のなかにはあって、2018年はひどかった。2試合負けて速攻、UFCをリリースされて、とにかく娘の手術代も必要でお金を稼げることを何かしなきゃいけないって頑張った。でも、そういう全部が今日、この瞬間に生きている。
フェイスオフで彼が自分を押したけど、僕の心はすごく安定していて、何が起きてもいつも集中出来てる。だから、“いいよ、君がそうしたいならどうぞ、僕を押したらいいよ、でも僕がフライ級のチャンピオンになる、僕がベストだ”って思っていた。僕には、ローズ・ナマユナス(UFC世界女子ストロー級王者)の印象がすごくあるんだけど、彼女はアンダードッグだった試合でも、常に、試合に臨むときに『I'm the best!』って叫んでた。これを見て『おー!』って思ってたよ。そうやって信じることがすごく大事なんだ。だから、ぼくは精神的に全く別の人間になっていたと言える」
──メキシコ出身でメキシコで強くなった。今は生活拠点を変えたようですね。
「前戦の後にラスヴェガスに家を買ったんだ。プロとしての決断だね。ヴェガスのUFCパフォーマンスインスティチュートの恩恵もある。でも、こういったことの全ては自分だけのことじゃない。妻と娘のためさ。自分は何も気にならない。母国を愛していて、ティファナも好きだけど、家族のためなら他国に住むよ。ヴェガスで快適に暮らせてる」
──次のメキシコ出身の有望な選手は誰でしょうか。
「いい質問だね! マックス・ホロウェイとの大事な試合(※ホロウェイの負傷により7.17から延期)が控えてる、エル・パンテラ=ヤイール・ロドリゲスはアンダードッグと言われてるけど、クレイジーなスタイルを持っていて、スタイルのぶつかり合いになるよ。それにアレクサ・グラッソ(UFC世界女子フライ級10位)、階級変えて良くなったよね」
──いまこうしてベルトを巻いて、どんな感慨がありますか。
「格闘家人生はすべて(ベルトを触って)このためで、それを今日やり遂げた。UFCデビューのルイス・スモルカ戦は、すごく大事な瞬間だった。『The Ultimate Fighter』ではみんながすごい期待過度な状態だった。そしていま、自分はアンダードッグでもそんなに気にしないで落ち着いて試合に臨めていたよ」
──勝利後は娘さんをオクタゴンに上げましたね。
「娘に試合を見せたことなかったんだ。自分のノーマルライフでは謙虚で面白くて、ちゃんとした人でありたいって思っていて、ひとたび試合となったら“怒れる男”って感じで、全然ちゃんとしてない、誰かをぶっ殺してやりたいと思うようなキャラ変をする。100%バッドガイで、対戦相手をぶっ殺すと思ってる。そして試合後はあの通り。今日はそういうことだった」
──そして試合後は英語とスペイン語でコメントしました。
「英語もそうなんだけど、ちゃんと自分を証明して、自分の事も自分のヒストリーも知ってもらいたいと思ったんだ。母国で応援してくれているメキシカンや、ラテンアメリカンのひとたち、世界中の人たちにもメッセージを届けたかった。SNSとか見てないからメキシコがどんな様子かあまり実感がないんだけど、コーチが見せてくれた、ティファナのジムの熱狂の様子はすごかったな。嬉しいよ」──オクタゴンに挑戦し、去っていったファイターたちに言葉を。
「うん……『諦めないで』。言葉で言うのは簡単なんだけど、本当に犠牲だったり、規律のある生き方で、すごく辛い時間が訪れるし、すごくしんどい、でも、本当に実現したいならやり続けることだ。UFCからリリースされることは、道から逸れることではないから。僕は知ってる、信じてる。君にならできる、諦めるな」