定歩の競技推手は片足ずつマットに足を置き、
「第4回全日本競技推手大会」
2020年11月8日(日)東京・TSスタジオ
これまでの武術競技とは一線を画す「競技推手」の第4回全日本大会が開催された。
日本における競技推手の歴史はまだ浅いが、海外での歴史は古く、拠点である台湾を中心に世界各国でも広がりを見せている。
アメリカ人選手の競技推手への挑戦はマルセロ・ガッシアのもとで黒帯を取得したチェスプレーヤーのジョッシュ・ウエイツキンの著書「習得への情熱」に詳しい。
本大会は2018年に台湾全国大会の100kg超級で優勝した板野眞雄代表が統括する全日本競技推手連盟が主催した。新型コロナの影響下ということもあり、従来より規模を縮小しての大会となった。
競技推手には土俵のような円内で競う活歩推手とマットに足を乗せてそこからはみ出さないように戦う定歩推手の2種目があるが、今回は会場の都合もあり定歩のみの開催となった。
定歩推手は床に設置された2枚のマットに片足ずつ足を乗せ、マットから足が外れたら負けとなる。試合は互いの手を合わせた状態からスタートし、相手の足をマットから外させるように争う。
相手の足がマットから離れる(浮く、マットから落ちるのも含む)と1点、相手の足裏以外(手や背中等)が接地すると2点が加点される。ただし打撃、関節技、両手のクラッチ、首相撲のような頭部を抱える行為は禁止となる。
武術格闘技に共通する攻防原理のひとつである「崩し」を純粋に競い合う競技といえるため、板野代表曰く、あらゆる格闘競技の選手が参加可能だという。
「あらゆる武術格闘技と親和性が高い競技だと思います。以前レスリングの方がこられたことがありますが、すぐに対応されていました。熱心にやられている方の中にはブラジリアン柔術の黒帯もいますし、組み技系は対応やすいと思います。一方打撃は禁止ながら押しは有効なので応用して使うことができます。私の得意技にワンツー応用して最初の押しで崩し、次の押しで後ろに飛ばすというものがありますがかなり有効です。地味な一方、とても安全な競技なので誰でも挑戦できるところが競技推手の特徴です」
今年はコロナ禍のため、会場の縮小を余儀なくされた一方、床が硬い場所での大会となったため、選手は靴を履き、本場台湾の大会に近い雰囲気で試合ができたという。
(写真)無差別級決勝戦は重量級王者竹村と軽量級王者西尾の対戦となった
男子は体重別3階級と無差別級、女子は無差別級で争われた。
軽量級は北京や台湾での修行歴が豊富な西尾嘉洋が優勝。中量級は高橋矢が優勝したが、今回無差別級の3位決定戦が板野代表の記憶に最も残ったという。
「無差別級の3位決定戦では今田さんと香川県から出場してくれた山下さんの試合となりましたが、ポイントを取ったり取られたりの熱い展開となり、地方の選手の活躍によって全体的なレベルが年々上ってきていることを実感しました」
重量級の決勝は竹村秀敏と眞田雅行の同門対決となり、竹村が勝利した。重量級は3位にも竹村の後輩が入賞を決め、極峰拳社チームが上位を独占した。
竹村は引き続き無差別級に出場し、決勝では軽量級で優勝した西尾嘉洋と対戦した。
「自分がもし負けるとしたら西尾さんしかいないと思っていた」と振り返る竹村。竹村自身も推手以外に散打(突き蹴り投げなどを主体とした中国武術競技)などに出場するなど試合経験は豊富だが、対する西尾は武術歴も長く、本場の修行経験も深い。競技推手においても台湾で単独修行を重ね、技術数、知識量においては竹村を上回っていた。
「西尾さんは我々の知らないテクニックも知っているはずなので、技術で太刀打ちするのは難しいと思っていました。体格で自分のほうが上回っていること、対策を立てていてそれがハマったことが勝因だったのではないかと思います」
竹村は1R・9-3、2R・8-6で試合を制し、無差別級優勝を決めるとともに、2階級制覇を果たした。対戦相手の技量の高さを評価する竹村だが、自身もこの1年で大きく成長を遂げていた。
「2階級制覇は今年が初めてでした。今年はコロナ禍で家にこもっている時間にじっくり稽古できたのがよかったと思っています。以前はブルガリアンバッグなどを重点的にやっていましたが、昨年の散打大会で肩を脱臼して回せなくなっていたので、推手の姿勢と立ち方で1時間前後タントウ(ひとつのポーズをとったまま一定時間立つ鍛錬法)のようにやっていたのですが、続けているうちになにかコツを掴めたというか、体に力の芯が通ったような感覚があり、試合の最中もこの感覚があった時はポイントを取られることはありませんでした」
また、毎週水曜日に同門の仲間と自由な研究稽古をやったことも大きかったという。門派の練習法以外のことも試し、研究したことで全体的な実力の底上げに繋がった。月1ペースの板野代表のセミナーにまめに参加し、それを仲間内で研究したことが重量級上位独占の原動力となった。
「竹村さんは初期の大会から出場し、セミナーにも常に参加するなど地道な努力がはっきり表れて2階級制覇に繋がったと思います」と板野代表も竹村の努力を大いに評価した。今大会は視覚障害者チャリティも行われた。
「将来的にチャリティだけでなく視覚障害者競技としても広めていきたいと考えています。視覚障害者の格闘技といえば柔道がありますが、定歩の推手はルール上より安全に競技できると思います。そのためにもまずは全国の競技人口を増やしたい」と語る板野代表。現在は関東を中心に関西、中部、中国、四国に同好会が発足し、活動は全国規模に拡大しつつあるという。
中国武術修行者として推手以外にも打撃系の散打にも積極的に挑戦し続ける竹村は競技推手の魅力を以下のように語った。
「日本にブラジリアン柔術が上陸したばかりの頃に似ていると思います。本場の選手たちと比べると日本人選手はまだまだわからないことばかりで掘り下げる要素の多さを感じます。また台湾には理屈で説明できないような強い人がいるので、掘り下げながらオリジナルの技術を深める余地が多いところがこの競技のおもしろさだと思います。
また定歩ですが、あえてフットワークをなくしたことにより、中国武術で昔から言われている力が体を通る感覚が実感できます。この感覚を打撃に使用しサンドバックなどを打ってみると威力が段違いに上がるのを実感できます。練功法として自分の体を鍛える方法としても定歩の推手は非常に優れていると思います」
来年もオリンピック開催により大会会場の確保が難しく、全日本大会は引き続き縮小版で開催の予定だが、選手たちが目指すのは台湾で開催される世界大会。
自身も現役選手を続ける板野代表をはじめ、竹村ら日本人選手は国内での試合経験を活かし、来年の世界大会での入賞を狙う。
<入賞者>
▼女子無差別級
優勝 西尾 絵美子 (中)
2位 佐藤 優子 (左)
3位 王 里美 (右)
▼男子軽量級
優勝 西尾 嘉洋 (中)
2位 日高 崇 (右)
3位 渡辺 匠 (左)
▼男子中量級
優勝 高橋 矢 (中)
2位 山下 日出樹(左)
3位 原 弘幸 (右)