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コラム

【2000年5月の格闘技】PRIDE2戦目の藤田和之が霊長類ヒト科最強ケアーを圧倒

2020/05/24 21:05
 1986年10月に創刊され、30年以上の歴史を誇る格闘技雑誌『ゴング格闘技』が、秘蔵写真と共に過去5月にあった歴史的な試合や様々な出来事を振り返る。28回目は2000年5月1日、東京ドームで行われた『PRIDE GRANDPRIX 2000 決勝戦』より、藤田和之(フリー)がマーク・ケアー(アメリカ)を破った大番狂わせの一戦。  藤田はこの年1月に新日本プロレスを退団、30日に開催された『PRIDE GRANDPRIX 2000 開幕戦』に初参戦するとハンス・ナイマンに一本勝ち、MMAデビュー戦を勝利で飾った。  決勝トーナメント準々決勝の相手はマーク・ケアー(アメリカ)。レスリングで日本学生選手権4連覇、全日本選手権優勝2回と輝かしい実績を残している藤田にとって「マーク・ケアーは避けて通れない相手」と最初から意識していた選手でもあった。  ケアーは1994年にレスリング全米選手権(フリースタイル)で優勝したトップレスラーで、1997年にMMAに転向。1997年にはUFCで行われたトーナメントで2連覇を達成し、“霊長類ヒト科最強”と呼ばれるようになった。  1998年3月にPRIDE参戦で初来日すると、ブランコ・シカティックに失格勝ち、イゴール・ボブチャンチンには失神KO負けからの無効試合と実力が発揮できず、2000年1月のグランプリ開幕戦ではエンセン井上に判定勝ちして決勝トーナメントへ。日本で本領発揮とはいかないケアーだったが、まだ優勝候補に推す人も多く、ルーキーの藤田には重すぎる相手だと思われていた。  試合時間は15分1R。開始のゴングが鳴るや藤田がパンチの連打で突進。待ってましたとばかりにすかさずタックルをケアーに決められ、ガードポジションに。上からパウンドを叩き込まれ、パスガードを許してしまう藤田。四つん這い状態に追い込まれてバックに回られた。  早くも絶体絶命のピンチに追い込まれた藤田は立ち上がろうとするが、ケアーは立ち上がり際に強烈な右ヒザを顔面に直撃させた。しかし、藤田は立ち上がって平然と左右フックを振り回して前に出る。勢い余って右フックを空振りして転がってしまう場面も。  スタンドでのパンチの打ち合いが続く中、次第にケアーの動きが鈍くなっていく。殴っても殴っても平然と立ち向かってくる藤田にケアーは驚愕の表情。藤田は片足タックルでテイクダウンに成功すると、ハーフから逃げようとしたケアーが四つん這いになったところを藤田が抑えつけ、ヒザ、パンチの猛攻。  まさかの展開に東京ドームは大歓声に包まれ、藤田はチョークを仕掛けるがこれはケアーが脱出。スタンドに戻ると藤田がすぐに片足タックル。コーナーに押し込み、つかんだ左足をロープ最上段に置くと右足へローキックとヒザ蹴り。  完全にスタミナ切れを起こしたケアーへタックルを仕掛けていく藤田。両足タックルは潰されて上に乗られたが、あっさり身体を入れ替えてケアーのバックに回るとヒザ、パンチと攻勢に。  試合終了のゴングが鳴った瞬間、両手を広げ勝利を確信した藤田。判定はその通り、3-0で藤田が勝利、ケアーは14戦目にしてプロ初黒星を喫した。  大番狂わせを演じた藤田は「作戦は最初の5分間を耐えきること。それだけでした」と、ケアーのスタミナ切れを待つことだけだったと話し、「勝因は唯一自信のある打たれ強さです」と語った。  この試合を機に、坂道を転げ落ちていくような格闘技人生を辿ったケアーとは逆に、藤田はスター街道を驀進していくことになる。
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