2024年12月7日(日本時間8日)、米国ラスベガスのT-モバイル・アリーナにて『UFC 310: Pantoja vs. Asakura』(U-NEXT配信)が開催され、メインイベントで朝倉海(日本/JTT)が、UFC世界フライ級王者アレッシャンドリ・パントージャ(ブラジル/ATT)に挑戦。2R 2分05秒、リアネイキドチョークでパントージャが朝倉を絞め落とし、3度目の世界王座防衛に成功した。
海外からもコーチを招聘し、3週間前に現地入りするなど万全を期した前RIZINバンタム級王者の朝倉海は、なぜパントージャに敗れたのか? 両陣営と勝者の証言でひもといた。
最後の水抜きで約5kgを残していた朝倉の出力は──
RIZINのテーマ曲とレニー・ハートのコールの音声に迎られて花道に姿を現した朝倉海。セコンドに兄・朝倉未来、柔術家の石黒翔也、JTTのビリー・ビゲロウ、エリー・ケーリッシュがつく。パントージャのセコンドにはいつものマルコス・パルンピーニャ。同大会にはATTのエフロエフのセコンドとしてマイク・ブラウンも来場している。
コールに観客を煽る朝倉。右手を挙げる。王者は両手を挙げてからジャンプして見せた。
1R、ともにオーソドックス構えから。詰めるパントージャは堀口恭司戦を彷彿とさせる右カーフ。朝倉もパントージャの詰めに跳びヒザ。しかしダブルレッグテイクダウンのパントージャに、朝倉は尻を着くも立ち上がり左で差すが、金網背にするパントージャが左足を取りテイクダウン。
フルガードの朝倉はパントージャの左腕をオーバーフックしてパントージャが腕を抜く動きに合わせて立ち上がり。左インローをダブルで蹴る朝倉。さらにパントージャの入りに左ヒザ! しかし、構わず詰めるパントージャに左ジャブも当てる。詰めるパントージャは左フックをヒット。 朝倉は左ハイ。ガードするパントージャは両足を上げて近づき組むが、切る朝倉。詰めて左、さらに関節蹴りを見せるパントージャ。右ミドルを当てたパントージャに、朝倉も押し戻し、ジャブ。ホーン。
(C)Zuffa LLC/UFC
2R、中央を取るパントージャは前進して左からダブルレッグ、引き剥がす朝倉にボディロックから足払いで崩してバックに。
右足をかけるパントージャ。金網に背中をつける朝倉だが、両脇を差してボデイロックのパントージャは、朝倉を崩して背中に乗って、すかさず胴に両足をボディトライアングル=4の字に組むと左手でリアネイキドチョークへ。防御する朝倉に右手での絞めに変えると、いったんは後ろ手を剥がした朝倉だが、右手で朝倉の左肩を抱いたパントージャは、掴まれた左手のヒジを上から右手で固めて朝倉を絞め落とした。
7年半ぶりのフライ級転向のため、大幅減量とリカバリーに不安が残るなか、榊原CEOによれば最後の水抜きで約5kgを残していた朝倉にとって、5Rの王座戦でどれだけバンタム級時代の出力が出せるか、初回をいかに戦うかが課題だった。
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パルンピーニャ「1Rに朝倉を動かさせて疲れさせる、こと」
その初回からペースを握ったのは、王者のパントージャだった。パントージャのコーナーマンを長年務めるマルコス“パルンピーニャ”ダマッタは、試合後のU-NEXTのインタビューで、作戦をこう語る。
「作戦はとてもシンプルだ。1Rはプレッシャーをかけにいくこと。ところどころでテイクダウンを入れていくこと。それによって相手を少しずつ疲れさせる。もちろんもしチャンスがあれば1Rで仕留める。当然、それはやりたいことだったが、最も重要なのは1Rにおけるポイントは“朝倉を動かさせて疲れさせる”こと。柔術とかレスリングのプレッシャーをかけていくこと。そうして2Rに入ったら、最初の打撃の交換で相手を崩した。テイクダウンではなくそれを打撃で出来たこと、1Rは競っていたけど、そのなかでもテイクダウンを見せていたから、2Rになったらより圧力をかけることができた」と明かす。
パルンピーニャが言う通り、1Rに中央を取ったのは、作戦通り王者だった。本誌の取材に「僕は20試合くらいムエタイの試合に出て、無敗なんだよ」と打撃力にも自信を見せていたパントージャは、強いテイクダウンプレッシャーとカーフ、左フックを当てて圧力をかけた。対する朝倉は跳びヒザ、左テンカオを当てるも下がりながらの打撃で、パントージャの打撃と前進に両手を伸ばして防御しようとするが、組みたくない朝倉にとってクリンチは出来ず。押し込まれテイクダウンで背中を着かされたこともあり、初回から体力を削られる展開だった。相手のテイクダウンを切って、パントージャを削ることは、朝倉海がしたいことだった。
「1発」がある朝倉だが、カウンターの1発狙いでステップは止まり、パントージャの圧力を受けて下がる形に。そしてその1発はフライ級でどこまでバンタム級時代のパワーが出せていたか、得意のヒザ蹴りも自身のペースのなかでは出せていなかった。パントージャに圧力をかけられたのは、朝倉からの組み技・寝技を警戒しなくてもいいことが、その前進力を増していた。「すべてが出来る」上で、突出した武器を持つことが、近代MMAでトップに立つための必須条件で、朝倉には欠けていた要素だった。
(C)U-NEXT
そして、2Rに左を当てたパントージャは、金網際でのここも堀口を彷彿とさせる足払いで崩してのバックテイク。そこからの胴に足を巻いた4の字ロック=ボディトライアングルは圧巻の動きだった。
タイトに絞めた4の字で腰を制され、ズラすことが出来ない朝倉に、リアネイキドチョークを狙うパントージャ。防ぐ朝倉とのハンドファイトを制した王者はリアネイキドチョークへ、朝倉は組まれた後ろ手を右手で剥がして引き寄せたが、パントージャは、右手で肩を抱いて、左手は朝倉に掴まれたまま、上から蓋をするようにワンハンドチョークを極めた。
試合後、パントージャは「これがUFCのレベルだ。レベルが高すぎるんだ。日本のヤツが俺のベルトを獲れると思ったのか? そんなわけはないだろう。今度は俺が日本へ行って防衛したっていい。でもあの子は強いよ。彼のクレイジーなハイライトリールも見ただろう? だが、オクタゴンのケージの扉が閉じれば関係ない。ここが俺の場所で、俺は自由だ。
あのボディトライアングルは“パルンピーニャ・フック”だ。練習でいつもタフなATTのチームで使っている。チームメイトの堀口恭司、アドリアーノ・モラエスらの協力に感謝したい。以前の俺のように練習してほかの仕事もして、みんなとてもいい人たちだ。夢があるならどんなに遠くても仕事を2つ、3つ続けていても、一生懸命努力して、夢を実現させてほしい。
今年引退したけれども、デメトリアス(ジョンソン)へのメッセージがある。俺がGOATだ。あなたがGOATだと証明したいなら戻って来い」と語った。
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フィニュシュの4の字ロック、ワンハンドチョークの真実とは?
バックポジション、リアネイキドチョークを最大の武器とする王者だが、実はパントージャは足を4の字に巻けない局面では、相手を取り逃していることが少なくない。
朝倉もセコンドの柔術家の石黒と、バックを取られた際の局面毎の防御方法を、こと細かく練っていた。最悪のケースも含めたもので、もっとも警戒していたのは、このボディトライアングルだった。
試合後、本誌がパントージャに、そのボディトライアングルについて聞くと、「もちろんそれこそが極めるために必要だった。すごく得意だから。今日はボディトライアングルをとてもタイトに力を込めて絞めた。それは相手を疲れさせることにも繋がる。相手が“解除しなくては”となるから。1Rはフックできなかったから海に逃げられたけど。2Rには相手も疲れてきてフィニュシュに繋がった」と、初回に主導権を握って朝倉を削ったこと。そして、崩して足を巻くこと。そのボディトライアングルでも相手を削っていたことを明かした。
同じく陣営のパルンピーニャも、バックポジションが最大のチャンスになることを予測していた。
「とても重要でとても優位に立てる。4の字がしっかり出来ると──たとえば自分は足が短く太いからすごく難しくてほかの道を探さなくてはいけないけど──腰をロックされてしまう。ボディトライアングルで一番大事なポイントで、これはほかのテクニックにも繋げられる。
とりわけパントージャにおいては身体の構造についてよく知っていて、それは青木真也と同じようなものだ。ハンドゲームがとても優れているから、ボデイロックをしておくことで、より得意なハンドファイトを活かすことができる」と、王者が朝倉の絞り込まれたボディをタイトにロックし、捻りを加えることで、脱出不可能にさせていたとした。
そしてフィニュシュのワンハンドチョーク。
「極めの強い方の腕で極めることが重要だった」というパルンピーニャの言葉通り、ボディトライアングルを組んだパントージャは、冷静に腕を組み変えていた。
「確かに片手だった。コーチが僕に常に言うのはフィニュシュするときに100%を使ってはいけないと。とにかく肩を掴んで時間がまだあって、海のうめき声が聞こえたから、ラウンドも序盤で時間があったし、状況に従って極めれる方向についていった。それが上手く出来た」とフィニュシュを振り返る。
陣営にとって、日本の朝倉海と戦うことは、感慨深いことだった。
日本で合宿を積んだこともあるパルンピーニャは、朝倉戦をこう振り返る。
「ラウンド間にシングルレッグでバックを取りに行けと言った、神のご加護ですべてうまくいった。ゲームプランというものはときとしてハマらないときもあるが、今回は完璧だった。
朝倉海はとてもデンジャラスなファイターで強いと思うよ。ちょっとバイアスがかかっているかな。私は柔術がバックグラウンドで、日本が好きだから。何度も行っているし、青木真也は友達だ。ほかにも日本の選手で友達がたくさんいる。日本のみんなにとても深い敬意を持っているんだ。みんないつもリスペクトフルだ。今回の朝倉海は、ちょっと異なるアプローチであまりリスペクトフルではなかった。だが、試合後はとてもいい子で、みんな彼に深い敬意を持っているよ。もちろんパントージャはすべての対戦相手に敬意を持っているし、朝倉はそれに値する人間だ。なぜならとても危険なストライカーで素晴らしい選手だから。でもパントージャが世界一であることにはそれなりの理由があるんだ」(パルンピーニャ)
そして、試合後に王者は、「海は俺の戦い方を大きく進化させてくれたと思う。今夜、みんなも俺がオクタゴンの中でどれだけ快適に感じられるようになったかを見たはずだ。彼が俺を別のレベルに引き上げてくれた。海の打撃は本当に素晴らしかった」と、挑戦者の脅威が自身をより強くさせたと語り、前述の通り、元UFC&ONE世界王者のデメトリアス・ジョンソンとの対戦をぶち上げたが、そのコメント後、DJは「すでに引退している」とカムバックを否定している。
さらにパントージャは、ESPNのインタビューで、「堀口恭司と話したときにこう伝えたんだ。もし君がUFCに来てタイトルをかけて試合がしたいなら、俺は君の友達だけど喜んで受けるよ。ベルトをかけて君と対戦できるのであれば光栄だ。彼のことが大好きさ」と、ATTの盟友が挑戦者に相応しい実力の持ち主であることをあらためて語っている。
かくして、UFC史上例を見ないタイトルマッチを戦った朝倉海は、『UFC310』のメインイベントを戦い、敗れた。王者が王者である理由とともに、挑戦者にも収穫と課題があった。
試合後、UFCのダナ・ホワイト代表は、「朝倉海は史上最高の男の一人と戦った。もし海が勝っていたら、日本でどれほど大きな試合になったか。もっとも、彼が今夜見せたパフォーマンスでさえ、(UFCが)日本で試合を行う可能性を持つものだと思う」と、朝倉海のパフォーマンスが、UFC日本大会の可能性を持つものだったと語っている。
敗れた朝倉は、9日にSNSで「たくさんの応援ありがとうございました。結果で返せなくて申し訳ないです。素晴らしいチャンピオンだった。そして自分がまだ弱かった」と力が及ばなかったこととパントージャを称え、「今回は届かなかったけど 必ず這い上がってチャンピオンになる。今までもそうしてきたしできるまでやり続ける。強くなって戻ります」と再起を誓った。いきなりのPPVイベントの大一番で、様々な責任・プレッシャーとも戦った朝倉海は強豪たちが揃う世界最高峰で、茨の道を進み続ける。