AJ・マッキー「今度はぜひアメリカで自分のルールで、5Rでやってみたら面白いんじゃないか」
──試合を終えたばかりですが、今後の目標・展望を教えてください。
「目標は、この試合に臨む時と変わらず、タイトルを獲りに行くことが目標になります。ちょっと今回のファイトキャンプ、試合に向かうにあたって、ちょっとした事故があったというか、試合3週間ぐらい前に足首を脱臼してしまって、そこからしばらく走れなかったというのはひとつあります。その中でやれることをしっかりとやって、準備を整えたという部分もやっぱりあるんですけれども。今回5分3Rをフルで結構激しく戦ったというふうに思うんですけれども、その中で自分、結構疲れてしまった、思ったよりも疲れてしまったというのはすごくあったんで、最後の追い込みの時期に走り込みができなかったというのは、少なからずとも影響あったんじゃないかなとは思います。とはいえ、ちょっとしたトラブルだったので、それはさておき、今回日本で戦って決着がつきました。今度はぜひアメリカで自分のルールで、そして5Rでやってみたら面白いんじゃないかなと思いますし、その時は当然しっかりと5分5R動ける体力と体を作っておくつもりです。
(足首の怪我は)ファイトキャンプ残りの最後の追い込みでは、影響あったと思います。結構自分はキックを使うのが好きなので、蹴りをたくさん出したかったんですけれども、ファイトキャンプでそもそも蹴りを出してなかったので、体が蹴りを出すっていうことを、そもそも忘れてしまったっていう部分はやっぱあると思います。今日一回いい蹴りを当てて、いい感触で、この調子で行こうと思ってたんですけれども、なかなかファイトキャンプで出す癖をつけてなかったので、なかなか出なかったっていう部分がやっぱあると思うんで、本当にこう小さい細かな修正点っていう部分を、さっきも言ったように、もう一回試合を見直して修正していかないというふうに思います」
――今回、間合いを詰められてシェイドゥラエフ選手にテイクダウンされて、それでスイープも何度かトライしてたかと思います。シェイドゥラエフ選手の予想外だった点があれば教えてください。
「想定外っていう部分はなかったんですけども、本当にやっぱり原因は全部自分にあると思います。問題があるとすれば、やっぱり自分が下になってしまった時に、その腰を動かさなかった。相手の下にいて、そこで止まってしまったっていう部分があったと思います。思うようにスクランブルが作れなかったっていうのもありますし、スクランブルを作っても途中で止まってしまった。そこでまた下になっちゃうっていう部分なので、基本的には自分の動きが足りなかったっていう部分はやっぱありますので、その動きが足りなかった部分で、その際を全部、相手がうまく上回ってしまったっていう部分だとは思うんですけれども、本当に自分としてはもっとスクランブルを作らなければいけなかったと思うんですけれど、やっぱりこう腰の動きが止まってしまったので、本当に細かい部分をやれなかった、やらなかったっていうことで、その差が出たんじゃないかなと思います」
――そこには、リングであったことも影響していますか?
「リングはもしかしたら何か原因はあったのかもしれないですね。ケージだったら、自分の背中を着けて立つとか、そういったことは、もっとできたのかもしれなかったと思うんですけれども、本当にたくさんの細かい部分が今日の結果にあったと思うので、最終的には自分がやるべきことをやらなかったから負けたと思います。そういう中でラジャブアリが際をひとつずつ取っていったという内容になるのかなと思いますので、今はもう元に戻って、反省をして改善をして、早く、強く戻ってくると言うことになると思います」
――お父様のアントニオ・マッキーさんと、青木真也選手が試合前に、昔戦ったよしみで笑顔で会話されている写真を拝見しました。その歴史をどう感じていますか。
「そうですね。今日朝食を食べた時に、隣のテーブルだったんですよ。なので、そういったところから話というか、その写真の光景になったんですけれども、本当に青木選手に関しては、すごくもうリスペクトしかないです。青木選手が自分の父親のこう、格闘家人生を折ったきっかけを作った選手だったので、自分としてはしばらくの間、その敵を打ちたいっていうふうに思っていたんですけれども、それは善き息子として言ってることですね。本当に父は敵を打つ、当然、父は多分、自分の敵を打ちたいっていうふうに思ってると思うんですけど、そういった関係性がありますので、本当に青木選手は真の勇者だと思いますし、本当にリスペクトしかないです。この長い間ずっと戦い続けてきて、それでもまだ素晴らしい柔術を持っていて、本当にリスペクトしかないので、こうアメリカでは、たくさんの功績を残してきた選手たちは引退すると忘れられちゃうんですけれども、青木選手は、この先どうなっても忘れられることのない、彼の技術と功績というものは、もう長く称えられるものになると思います」






