2022年5月5日(木・祝)都内(※会場非公開)にて『RIZIN LANDMARK vol.3』が開催された。
危うさと極めの強さ──予告通りの1R リアネイキドチョークで一本勝ちし、次期フェザー級挑戦者に決定したクレベル・コイケ(ボンサイ柔術)が萩原京平(SMOKER GYM)戦で見せたのは、未完成の柔術の鬼神の姿だった。
97秒のメインイベントで何が起きていたのか。両者の証言とともに、試合展開をひもといた。
クレベル・コイケは、ポーランドKSW王者から日本に主戦場を移し、MMA5連勝、RIZINで4連勝中。そのすべての白星で一本勝ちをマークしている。頂きを見据え、萩原戦をベルトに向かう前哨戦ととらえ、「RIZINのなかで自分はトーナメントだと思っている。カイル・アグォン、摩嶋一整、朝倉未来、佐々木憂流迦に勝って、今回は準決勝。萩原に勝ったら、次が決勝でフェザー級のタイトルマッチ」と、1人トーナメントの優勝がベルトに繋がると語る。
対する萩原は、2020年の大晦日に平本蓮に2R TKO勝ちで存在感を示すと、2021年10月の朝倉未来戦で判定負けも、11月の昇侍戦で2R TKO勝ち、12月の鈴木博昭戦で判定勝ちと3カ月に3試合の連戦で2勝1敗。しかし、2022年3月の前戦で弥益ドミネーター聡志の腕ひしぎ三角固めに1R 一本負け。課題を露呈したまま、46日後の配信メインの『LANDMARK』でのクレベル戦に臨んでいた。
“飛び級”とも言えるこの連戦のオファーを「ビッグチャンス。打撃では自分が上。本能的に戦って革命を起こす」ととらえ、アップセットを狙った萩原。
一方、“負けたら終わり”のトーナメントと考え、タイトルショットを手にするために約2カ月のスパンで試合に臨んだクレベルにはプレッシャーがあったという。
「私がたとえば7月とか、9月にタイトルマッチができるだろうと待っていて、ハギワラとの試合はやりたいけれど、ハギワラにはリスクがない。前の試合(弥益戦)に負けて、もう一回負けてもいいでしょう。彼が勝てば“良かった”(で済む)。彼は100パーセント、ノーリスクで、私にはリスクがあった。だから、私はずっと緊張じゃなくて心配だった。自分はこの試合に負けたらゼロに戻ってしまうから。それだけ。彼は“ケンカ”だけやればいい」
「気をつけていた」萩原の右を被弾し、流血
試合の立ち上がりは、萩原が作っていった。
ともにオーソドックス構え。先に右の後ろ蹴りを見せた萩原。それをかわすクレベルは右ローを当て、萩原の圧力にコーナーを背にする。
右ストレートを当てる萩原にクレベルは右ローを返すも、萩原は得意のジャブから、再び踏み込んでのワンツーの右をヒットさせる。
間合いを作り直し、右ローを軽く当てるクレベルは、ここで低いダブルレッグから足を取りに滑り込むが、相手を崩さない遠間からのタックルは、萩原が後方に足を飛ばして切っている。最初のクレベルの組みを阻止し、いい形で引き込ませない理想的な序盤だった。
ここでもすぐに詰めて圧力をかけ直す萩原。前手の左フックはクレベルがかわしたものの、再び詰めた萩原は、クレベルの右の蹴りに右ストレートをカウンターでヒット!
この右でクレベルは左瞼をカット。クレベルの右の蹴りの入りの癖を掴んだ萩原の踏み込んだ一撃だった。クレベルにとっては“気を付けていた”萩原の右だった。
「手応えはあった」という萩原。
被弾したクレベルは「残念、ちょっと当たった。しょうがないな。最初だけ間違えた。サトシ先生、鈴木(博昭)先生に何回言われたことか、『ストレートに気をつけて!』と、あとはバックキックとか。だからそれは私が間違えてる。また勉強したね」と苦笑する。
いったん背中を見せて正対したクレベルに、萩原は右の跳びヒザも突くが、クレベルはいったん押し戻し、左瞼の出血を気にする。「ストレートが入って真っ直ぐにカットした。それが試合だからしょうがない。最初だけは心配でしたね。当たったら血が出てしまったから。それで目が使えなくならないか心配だったけど、その後、寝技になったから大丈夫」
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誘い込んでテイクダウン、速い仕掛けで極めた
結果的に「寝技になって極まった」のは、「本能で戦う」とした萩原と、本能のなかに経験と実力を備えたクレベルとの差があった。
跳びヒザを受けたクレベルは、いったん押し戻すも、圧力を受けて再びコーナーを背にしている。
右ローを打ち、左フックは萩原がバックステップでかわすとクレベルの左ミドルに萩原は左で飛び込み。さらに萩原は左を振るが、その前がかりになった瞬間にクレベルは、すっと頭を下げてレベルチェンジし、ダブルレッグテイクダウンを決めた。
この瞬間をクレベルは「待っていた」という。
「ハギワラが詰めてくることは、最初から分かっていたこと。私のイメージでは(自分から)行くけど、でも彼が入ってくるから、自分は待っている。私の本当のプランは自分から行くことだった。でも彼が早く来るから、“じゃあしょうがない、待っていればいい”と」
ダブルレッグテイクダウン。倒された萩原が選択したのは、スクランブルだった。
ガードポジションを取って、パスされてジリ貧になるよりも、「本能」のままに立ち上がる。それは、相手に背中を向けてヒザ立ちで亀になる瞬間を作る動きだ。そこで立ち上がり相手を突き離して正対できれば、萩原はリセットできる。
しかし、その隙をクレベルは逃さなかった。スパーリングで何万回も繰り返したバックテイク。すぐに右手と右足を同時にかけると、右腕は肩ごしに、左腕は脇の下=シートベルトの状態で前方に押して左足もかけると、後方に引き込んだ。
チョークを狙う首まわりの組み手争いをしながら、クレベルはすかさず右足を胴に巻き、左ヒザ裏で4の字にロック。背後からパンチを入れながら、右手をアゴ上からかけて左手とクラッチ。仕掛けの速い、手のひらと手のひらを合わせる「パームトゥパーム」の形で組んで喉下に絞めると、腕を押し上げて逃れようとした萩原がタップした。
「バックチョークのディフェンスっていうのは、普段の練習からもしっかりしていて。そういうのが本番になったら、身体が勝手に出るかなとは思っていました。力はそんな無かったんですけど、やっぱりテクニックがすこかった」と振り返る萩原。
足をかけられないことと首に巻かれないこと。その両方に注意しながら、局面ごとにチョークから逃れる手順があるが、両足を巻かれず腰をズラすことが出来れば、正対が可能となる。しかし、正対すれば三角絞めも待っている。両足をかけ、4の字に組むまでのセットがクレベルは速かった。萩原との寝技の差が出た場面だ。
「ちょっと腕のディフェンスを意識している間にもう気がついたら足を組まれた感じですね。(パームトゥパームも)あれは、喉の下に入っていました。やっぱり寝技が強かった。自分が対応も全然できなかった。対応が悪かったですね」(萩原)
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今日は自分に怒っている
「寝技になったらすぐに一本勝ちできると分かっていた」というクレベルだが、その寝技が突出して強い一方で、MMAとしての完成度にデコボコがあるのが、あらためて露になったのが今回の萩原戦だ。
被弾し、出血した打撃については「怒っている」という。
「私はもっと打撃の練習(をする)。今日は自分に怒っているから、“なんで私は、相手はストレートが強いって分かっていて間違えてるんだ”って。自分を怒れるのは自分です」
柔術という強い軸を活かしたスタイルは変えず、穴を埋めて行くと、クレベルは語る。
「長くやってきた自分のスタイルで、RIZINなら5試合出て5試合が一本勝ち。今から私が大きく変えるかといえば、それはあんまり変わらない。負けたら変えるかもしれないけど。ただ、“直している”ということは大事で、寝技、打撃、レスリング(の繋ぎを強化している)。サブミッションだけじゃなくてもっと打撃とか、もっとMMAを強くやれるようになりたい」
その決意を裏打ちするのが、日々の練習だ。
「私は練習をサボらない。試合が水曜日だったら、金曜日には練習に戻っている。毎日練習すっごい頑張って、すごいMMAを勉強しているのに、まだ間違えているよ。もちろんもっと打撃を練習したいし、レスリングもフィジカルとかメンタルとかも全部をもっと強くしたい。自分がチャンピオンになるまで、休憩とか休みは無し! さぼらない。ずっと練習頑張ってるよ、それが自分の自信になっている。みんな私の得意技は分かっている。でも自分はもっと練習して、もっと強くそれをやりたい。私は“本物のチャンピオン”になりたい」
一方、フェザー級のトップに跳ね返された萩原は悔しさを隠しきれない。
「ちょっと今は先のこととか、なかなか考えられへんというか。ちょっと考えたくないですね。やってよかったとは思うけど……すぐにそういう気持ちが出てくるんじゃないというか、複雑な感じです。やっぱりチャンスをモノにできなかった、期待に応えられなかったことが一番悔しい。
今までやってきたことが間違ってたんかな、とも考えさせられるような日ですね、今日は。全てのことじゃないですけど、ちょっと色々、間違っていたのかなと考えちゃいました」と唇を噛んだ。
持ち前の打撃の圧力で、クレベルを追い込む場面を作った。そこに組み技の技術、精度が高まれば、強くなる伸び代はある。問題は、それをどんな練習期間やマッチメークのなかで高めていくかだ。
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「本物のチャンピオン」になりたい
5連続一本勝ちを決めたリング上でクレベルは、「次の試合でタイトルマッチ、やりたい。牛久、かかって来い。逃げないでよ」と、フェザー級王者・牛久絢太郎への挑戦をあらためて表明した。
“本物のチャンピオン”になりたい、というクレベルは、次戦の“トーナメント”決勝で、悲願のベルトを手にするつもりだ。
「自分ではトーナメントのイメージでやっているけど、ちょっと長いトーナメントになっていますね(苦笑)、全部で6試合か。次はタイトルマッチかな? 待ちますよ。約束しましたね、榊原さん、次はタイトルマッチで、よろしくお願いします」
RIZINでカイル・アグォン、摩嶋一整、朝倉未来、佐々木憂流迦、萩原京平をすべて一本に極めて勝利したクレベルについて、試合後、榊原信行CEOは、「タイトルマッチまでに1試合挟みたいというなかで、クレベル選手は圧倒的な力を見せましたし、隙がない。タイトルにロックオンして油が乗り切っている。クレベル選手を正式に挑戦者として牛久(絢太郎)現王者と組みたい。夏から秋にかけてタイトルマッチを組ませていただきたいと思います」と、次期王座挑戦者とすることを明言した。
王者・牛久との戦いに、クレベルは自信を見せる。
「私、間違いない。私は何回も日本の強い選手たちと試合をして戦って勝っている。ウシクはまだ、RIZINで戦っているのはサイトウ(斎藤裕)だけ。彼は日本のトップ選手とそんなに戦っていないけれど、私はリスペクトしてる。彼はDEEPとRIZINのチャンピオンだから。だけど、彼はまだ私と同じレベルで戦えないよ。絶対、私が勝ちますよ、間違いない。(ベルトを持った)ウシクにバックステージで言って覚えているのが『“ここまで”じゃなくて“これから”ね。待っててください、私、絶対あなたに勝ちますよ!』って。自分はいつも“アカボー”(フィニッシュ)だから。今日は“ボペガー”(極める)を言わなかった。次は絶対に言う。三角(絞め)で極める」
ベルト獲得後の展望まで聞かれ、「たぶん引退です」といたずらっ子のような表情で「冗談、冗談」と笑ったクレベル。続けて、自身の首を狙う相手との再戦も視野に入れていることを語った。
「ベルトを取ったら、リベンジ(を受ける)じゃないけど、私、朝倉(未来)ともう一回戦うかもしれないかな? それは逃げられない(笑)。私が朝倉とやりたいのは(ファイト)マネーがいいから。でも朝倉はリスペクトしていて日本のトップ選手だから。彼がもう1、2試合したら、私は待っていますよ。あるいは、Bellatorの選手かな。面白いと思う。サトシ先生と一緒に2人がベルトを持ってBellatorの選手と戦うのは。同じようにお金は大事です。自分は子どもがいっぱいいるから、家族を助けるためにお金が大事です」
危うさと同居する、たしかな自信。報われぬ日々を送って来たハングリーさをいまなお持ち続けるクレベルは、いよいよベルトと、その先に向かう。