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日本人が世界でなかなか勝てないと言われ続けている総合格闘技の中・重量級。現在、そのONEウェルター級の頂点に君臨するのが、中央アジア・キルギス共和国出身のキャムラン・アバゾフだ。
1993年7月8日生まれの26歳。ド派手な殴り合いに加え、安定したレスリング技術と常人離れしたフィジカルを持つのが特徴で、現在MMA4連勝、うちONEで3連勝を続けている。今からちょうど1年前の2019年5月、日本人メジャーリーガーの岡見勇信がONE Championshipに電撃参戦し、その初陣の相手を務めたのが、このアバゾフ。多くのファンの予想と期待を嘲笑うかの様に、日本人メジャーリーガーを2R、TKOでマットに沈めた。
それから半年後、最初の世界タイトル戦でゼバスチャン・カデスタム(スウェーデン)をグラウンドでコントロールし判定勝ち。ウェルター級王者のベルトを獲得した。そして、今、自身の防衛戦を行う前から、ONE中・重量級のパウンド・フォー・パウンドと言われるアウンラ・ンサンが持つ世界ミドル級王者のベルトへの挑戦もアピールしている。世界を驚かす未知なる強豪がひしめくONEの中で、一気にその頂点に駆け登ったアバゾフとは一体どのような選手なのか。
キルギスの首都ビシュケクから30キロ離れた小さな村で生まれ育ったアバゾフ。わずか3歳にして両親が離婚。父親は家族を去り、看護師の母親が2人の子どもを育てたため、苦しい幼少時代だった。アバゾフは早く学校を中退し、ガソリンスタンドなどで働いた。大のスポーツ好きで、その頃の夢はプロのサッカー選手。憧れは当時のフランス代表ジネディーヌ・ジダンだった。
家族への想いが強いアバゾフはプロ格闘家になった理由をこう語る。「母のために戦っている。自分がトレーニングに取り組み、戦うのは、常に母を助けること。母は自分に寝る場所を用意し、食べ物を準備するために、ずっと一生懸命に働いてくれた。今度は私の番。母に喜んでもらうために戦う」
14歳の頃、ボクシングに興味を持ち始め、伝説的なヘビー級ボクサー、マイク・タイソンやモハメド・アリを尊敬するようになる。その一方で叔父からレスリングを学んだ。アバゾフは当時をこう振り返る。「レスリングのクラスに行かされた。叔父が自分にとっての初めてのコーチで、厳しかった。3年間、自分の生活は軍隊のスケジュールみたいだった。午後10時半に寝て、朝は5時半に起きないといけない。トレーニングは毎日2、3回で、毎日10~15キロを走った」
ボクシングの練習も始めたアバゾフは、総合格闘技にも興味を持ち始めた。当時、総合格闘技は中央アジアでも人気が増し、アバゾフはPRIDEで活躍していたエメリヤーエンコ・ヒョードルに興味を持った。「総合格闘技にすぐに夢中になった。これは打撃とグラップリングを組み合わせたスポーツ。それこそ自分が望んでいたものだった。叔父が格闘家を知っていたから、すぐに一緒にトレーニングするグループを見つけた。憧れの格闘家はエメリヤーエンコ・ヒョードルとモハメド・アリ。2人は私のアイドルだ。彼らの様な偉大なファイターになりたい」
総合格闘技の下地が出来ていたアバゾフは18歳の時、たった2か月のトレーニングの後、総合格闘技で初めての勝利を手にした。「早すぎると言うかもしれないが、チャンスがあった。そしてそれを掴み、勝った。出来るだけたくさん試合に出ることにした。戦い、勝つことに飢えていた」
その後、キルギスで公認の栄誉称号「スポーツ・マスター」と「Prime Selection GP」ウェルター級タイトルを獲得したアバゾフは、2018年3月にONEに参戦。判定負けの苦いデビューだったが、同12月のアギラン・ターニ戦で第1Rにリアネイキッドチョークで一本勝ち。ターニは、秋山成勲の3年半ぶりの復帰戦となったONEデビュー戦で、秋山に土をつけたマレーシアの強豪だ。続く2019年5月、岡見から2Rの逆転TKO勝利を手にした。この対ビッグネーム2連勝を評価され、同10月に世界タイトルマッチの挑戦権を獲得。前王者のゼバスチャアン・カデスタムをフルラウンドの激闘の末に下し、新王者に輝いた。
アバゾフは世界タイトル戦をこう振り返る。「信じられない瞬間。最高だった。非常に大きなことを達成したような気分だった。誇らしく、幸せで、興奮していた。自分の感情をコントロールするのはとても難しかった。ONEから挑戦者としてチャンスを貰えたことも嬉しかった。その期待に応えることが出来たと思っている」妻の母国ロシアで移り住んでいるアバゾフは試合の後、ロシアの空港で入国審査の職員たちやファン達にサインや写真撮影を求められたという。
そして現在、初防衛戦を控えるアバゾフだが、ウェルター級にこだわることなく、さらなる高みを目指している。その先は、ONE中・重量級の絶対王者、アウンラ・ンサンの持つミドル級のベルトだ。先月の4月15日に掲載された「South China Morning Post」の取材記事では、アバゾフは今後についてこう語っている。「次の防衛戦の相手は多分、ジェームズ・ナカシマだ。でも誰だろうと構わない。現役引退までこのタイトルを離さない。勿論、アウンラ・ンサンとは戦いたい。新しいスパースターとして、ONEに私を盛り上げてもらいたい。ONEと私でビッグなことができる」と、野心をみせた。
今回のメール取材では、新型コロナウィルス感染拡大の影響について「あまり神経質にならない様に心がけている。恐怖心に負けてしまうと、かえって、コロナにかかりやすくなるからだ。ただ、衛生的な対策はやっている。外出の際は、常に手の消毒が心がけて、トレーニングも基本は家の中。ランニングする時は外出している。日本の皆さんも、まずはこの状況を真摯に受けとめよう。そして、清潔と衛生管理を徹底し、安全な環境にいてください。あなたの大切な人や自分自身を守ろう」とコメント。
また、日本の印象を尋ねると「日本人でONEに出場する選手は誰でも素晴らしい。特に、オカミ(岡見勇信)は選手としても人としても素晴らしいし、個人的に好きな選手だ。そして、東京はとても綺麗な都市だ。近い将来、東京開催の大会にぜひ出場したい。日本には素晴らしいファンが沢山いると聞いている。私の事も応援して好きになってくれると嬉しい」と、日本のファンへメッセージを送った。
取材のメールの文末に、「ぜひ、自分のInstagramアカウント(@kiamrianabbasov)を日本のファンに伝えてほしい」と付け加えたアバゾフ。ファンの皆と話をしたり、このコロナ自粛の中で勇気づけたいようだ。“親日”な海外人気選手の素質充分のアバゾフ。興味を持った方は、ぜひこの世界王者のフォロワーになってみてはいかがだろう。(協力・ONE Championship)